往時の平安・鎌倉時代に、京の王侯貴族が熊野三山を目指して、幾たびも熊野御幸(ごこう)をなし、後に「蟻の熊野詣」ともいわれるようになったという話は、広く知られている。熊野を冠する本宮大社、速玉大社、那智大社のことだ。
江戸時代には、「伊勢に七度、熊野に三度」といわれるほど、伊勢神宮から熊野三山への詣で客が引きも切らなかったという。
三山への路が、歴史を経て幾筋か踏み固められ、今でいう「熊野古道」となっている。中辺路(なかへち)、小辺路(こへち)、大辺路(おおへち)、伊勢路、大峯奥駈(おおみねおくがけ)道、……。
熊野古道は、近年『紀伊山地の霊場と参詣道』として世界遺産に登録された熊野三山への参詣道であり、中でも「中辺路」の人気が高い。ぼくたちはその古道の一部を歩く。
本日は発心門王子を起点に熊野本宮大社までの路7`。翌日は新宮の高野坂1.5`、ぼくの生れ故郷で熊野灘沿いの峠越えである。 |
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発心門王子 |
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かつて発心門とよばれる大鳥居があり、熊野本宮大社に向かう熊野聖域の入口とされたという。 |
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Wikipediaによれば、
「九十九王子の中には五体王子(ごたいおうじ)と呼ばれる王子があり、他とは格式を異にするとされる。これらは一般に、熊野の主神の御子神ないし眷属神(けんぞくしん)として、三山に祀られる神々のなかでも、五所王子と呼ばれる神々(若一王子・禅師宮・聖宮・児宮・子守宮)を祀る神社であり、三山から勧請したものと考えられている。」 |
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発心門王子はその一社で、他の五体王子は、
藤代王子・切目王子・稲葉根王子・滝尻王子。 |
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水呑王子 |
往時この付近に「水飲み場」があり、
「内の水呑」と呼ばれた由。
弘法大師が杖で地面を突くと
水が湧いた場所ともいう。 |
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伏拝王子手前で茶畑が拡がった。名産「音無茶」、
茶粥には欠かせないのだろう。 |
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伏拝(ふしおがみ)王子 |
本宮旧社地(大斎原=おおゆのはら)が遠望できる場所で、
大社参詣者はここから社殿を伏し拝んだといわれる。 |
伏拝王子横の和泉式部供養塔
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和泉式部が熊野に参詣した際、にわかに月のものが始まり、ここから社殿を拝んだという伝説に因む。式部がわが身の汚れを嘆いて詠んだ歌。 |
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晴れやらぬ身の浮き雲のたなびきて
月の障りとなるぞかなしき |
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その夜、熊野権現が夢の中に現れ、次の歌を返したという。 |
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もろともに塵にまじわる神なれば
月の障りも何かくるしき |
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式部は権現の温情に感謝し、参詣を果たした。 |
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祓戸王子 |
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大社を目前に道中の埃を払い、身づくろいした潔斎の王子所とか。
祓殿、祓所と書かれることもあるが、読みはいずれも「ハライド」。
(潔斎=神仏に仕えるため、酒肉を避け汚れたものに触れず、心身を清らかにしておくこと) |
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比較的平坦な山道とはいえ、陽差しがきつい。
発心門王子→水呑王子→伏拝王子→祓戸王子→熊野本宮大社の約7`を3時間のウォーキングだ。
時間的制約もあって、やや急ぎ足となった。スナップ写真を撮りながらの速歩(はやあし)道中はこたえた。
それでも印象に残った風景は、
杉・檜の林も花粉の終わった今は奥ゆかしい風情すらある。ブナやナラの雑木林がもっとほしいなあ、とも思った。
音無(おとなし)茶の茶畑に、刈り取って干してある稲束。飾り気のない小さな王子跡が、涼しい気分にさせた。
伏拝王子への途中で遠くに見た果無(はてなし)山脈は重畳たる≠ェ似合う見事な眺めだった。 |
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熊野古道では、案内人を「語り部」と呼んでいる。『紀州語り部』として県の観光課に登録されている観光ガイド専門員だ。
これに引っかかりを覚えた。
呼び名から受ける語感は、「ある地域や出来事について、体験的に伝承する人」とか、「史実を、歴史の流れにおいて位置づけ、身をもって語れる者」……、少なくともぼくにはそうである。そうした奥深い話を噛みくだいて伝える技量も欠かせない。
「語り部」をそんな風に理解していたから、この中辺路と翌日の高野坂をとおして、そう呼ばれる方々の観光案内に違和感を覚えた。期待が大きすぎたせいか、感動と共感を味わえない残念さが残った。「案内人」「地のガイド」「先達」……、そんな呼び名なら、こんな屁理屈は思い浮かばなかったろう。
お堅くなりついでに、「語り部」について手持ちの辞書の説明をあげておく。 |
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「古代、古伝承を儀式の際に語ることを職掌とした部民。転じて、自らの体験・伝聞したことを後世に語り継ぐ人」(大辞林) |
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「古代、儀式に際して旧辞・伝説を語ることを職とした品部(しなべ)。出雲・美濃・但馬などに分布」(広辞苑) |
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「上代、文字のなかった時代に語り伝えられてきた史実、伝説等を保存し、語り伝えることを職とした者。……」(国語大辞典) |
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その他のスナップ写真 1 2 |
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熊野へ参るには
紀路(きぢ)と伊勢路のどれ近し、どれ遠し
広大慈悲の道なれば
紀路も伊勢路も遠からず |
梁塵秘抄 |
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朗読(8:55) on |