1.あらまし 2.奈良公園 3.奥之院 4.中辺路 5.本宮大社
6.大門坂 7.那智山 8.高野坂 9.二見浦 10.伊勢神宮
2.奈良公園 (8月26日)
 「菊の香や奈良には古き仏達」(芭蕉)、好きな句だ。
 ぼくが空想するその雰囲気にはほど遠い熱暑の昼下がり、2時間半かけて、東大寺二月堂、東大寺大仏殿、春日大社をこの順序で巡った。
 六十恰好のガイド・筑波氏が楽しかった。
 むっつり右門の体(てい)で、一見苦虫を噛みしめた顔。その表情を変えることなく、要所要所にシャレを挟む。間のとりかたがまた絶妙で、したたる汗をかまわず精力的に誘導する。古き仏達の思わぬ授かりものだった。
(1) 東大寺二月堂
 旧暦2月13日に「お水取り」(修二会、しゅにえ)が行われてきたことから、その名がある由。
 今は3月13日の未明に行われ、堂の前にある若狭井(わかさい)という井戸から「お香水(おこうずい)」を汲み上げ、本堂に納める儀式がそれで、その水を飲むと病気が治るという。このお水取りが終わると春が訪れるということで、ぼくも毎年テレビで楽しんでいる。
「二階に上がってみたいですか?」
 道路を隔てて二月堂をじっと見ながら、筑波氏がもったいぶった問いかけをする。思わず手を挙げ、つかの間の内覧と眺望を楽しんだ。
水とりや氷の僧の沓(くつ)の音 芭蕉
 三月堂(法華堂)と四月堂は外観を眺めただけ。またの機会にどうぞ、ということであった。
二月堂と周辺の写真
(2) 東大寺大仏殿
 記憶の希薄さにあきれかえる。こんな建物だったのか。中学の修学旅行に始まり、何年か前の「奈良3日間」を含めて、数回は訪れているはずだが……。
 さすが大仏と鹿はシカと身に覚えがあったが、大仏殿は恥ずかしながら目に新鮮だった。
 いまの大仏殿は江戸時代(18世紀初頭)に再建されたもので、奈良時代(8世紀)に聖武天皇が創建した当時の堂に比べ、間口が3分の2に縮小されているという。この説明も何度目かのはずだ。
間口57.01m 奥行50.48m 高さ48.74m
廬舎那大仏
像高14.98m 頭部5.41m 目長1.02m
耳長2.54m 台座高3.05m
 二月堂や法華堂等、周辺を含めてもう一度は来たいなあ。1週間はあきないだろうなあ……、強く思った。
 東大寺が大本山である華厳宗の由来や、廬舎那仏、創建・修復の歴史、国宝の名を冠した建造物・美術工芸品、平城京のこと……、ロマンチックな興味がかき立てられた。
東大寺について
東大寺大仏殿と周辺の写真  1 2
(3) 春日大社
 全国にある春日神社の総本社である。
 やんごとなき口上を引用すると、
「藤原氏の守護神である武甕槌命(たけみかづちのみこと)と経津主命(ふつぬしのみこと)、祖神である天児屋根命(あめのこやねのみこと)と比売神(ひめのかみ)を祀る。四神をもって藤原氏の氏神とされ、春日神(かすがのかみ)と総称される。武甕槌命が白鹿に乗ってやってきたとされることから、鹿が神使(しんし)とされる」(Wikipedia)。

 それより、無数の石燈籠と釣燈籠に圧倒された。合わせて三千基あるという。節分の日と八月の「万燈籠」はさぞかし煌(きら)びやかだろうなあ……、想像を巡らせた。

春日大社と周辺の写真

 「鹿政談」という落語が好きだ。寝床で、睡眠剤としてよく聞く。六代目圓生と桂米朝のどちらかを、その時の気分で選ぶ。
 上方落語を東京のお歴々が演じている出し物は、「寝床」「らくだ」「饅頭こわい」「三枚起請」「百年目」……と数多いが、「鹿政談」もその一つだそうだ。
 両師匠とも、マクラ・内容・オチ、全てよく似ている、そこはそこ、上方と江戸の落語の違いも味わえて面白い。
 マクラで、江戸・京都、大坂に加えて、奈良の名物をお二方ともあげている。米朝はこういう。
大仏に鹿の巻筆あられ酒、春日灯籠町の早起き
 圓生は、「あられ酒」のところを「奈良晒し」と言い換えている。
 ついでながら、両師匠の音源をあげておく。米朝は高座だが、圓生はスタジオ録音だ。
米朝 米朝落語全集 26分02秒
圓生 圓生百席 46分07秒
朗読(8:14) on
1.あらまし 3.奥之院
1.あらまし 2.奈良公園 3.奥之院 4.中辺路 5.本宮大社
6.大門坂 7.那智山 8.高野坂 9.二見浦 10.伊勢神宮
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