翌朝──都内ホテルの一室で、目覚めると左半身がなえていた。左は腕も足も動かせないのだ。
一〇時に東京支社でミノセイ副社長の講演がはじまることになっている。
起き上がるのに極度の窮屈を感じ、わけもわからずいらだったまま、ベッドを降りようとして床に転げ落ちた。なぜだ!
痺れがひどい。目の前がぐるぐる回っている。
どうにか右片足立ちして、右手でタオルをぬらし顔をぬぐう。どのように背広を着、ズボンをはいたのか。ネクタイは結べるはずがない。
廊下の壁を伝ってなんとかエレベーターに乗る。一階ロビーから玄関に横付けされているタクシーまでフロント従業員のお世話になる。
「大丈夫ですか? 救急車を呼んだほうがよいのでは?」
しきりに気遣ってくれるが、ぼくは仕事のことで頭がいっぱいだ。
東京支社入口でタクシーをぎこちなく降りようとすると、たまたま海外協力部の仲間と目が合う。彼はしばらく絶句したままぼくを見つめ、あわてて同僚を呼んで二人の肩でぼくを支え、六階の鋳鋼販売部に届けてくれた。
しばらくして救急車が駆けつけ、ソファーにく≠フ字で横たわっているぼくを担架に乗せ、近くの慈恵医大病院に運ぶ。
その間閉じた眼の奥は、暴風がびゅんびゅん渦巻いている。ひたすら治まってくれることを願いつつ、ミノセイ副社長のことが何度も頭をかすめる。周囲で話し声が聞こえるが、目を開けたくない。エビのような姿勢で、時だけが過ぎてゆく。脳梗塞だった。
血圧は二〇〇をはるかに超え、医師の診断は『高血圧、脳梗塞』。思えば昨年秋からの症状のすべてが、一丸となってこの成人病に向かっていたのだ。
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