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1970年1月 (Part 2)

1970.01
Part 1
勉強の様子
Part 2(現在地)
会話、旅、友
   

英会話

 半年もすればいっぱしの会話ができるとタカをくくっていたぼくは馬鹿でした。留学3年目の学生でもブロークン・イングリッシュ。1年くらいの留学でアメリカ人と対等に話せる人がいたら、会いたいものです。というくらいに、開き直りました。

 それでもぼくの目的は、会社には内緒ですが、英会話と旅行ですから、学問はさておき英会話に力を入れています。

 わりあい積極的にあちこち飛び回ったせいか、友達もそこそこにできたし、町のいろんなご家庭も知りました。
 それにしても言葉というものは難しいものです。
 これまで留学された方が
「1年間も行っておって、これだけしかようしゃべれんのか!」
と言われたそうですが、どうやらぼくも同類項です。

Jack Lubyと Jack Lubyとプライベートレッスン中

旅行、等

 到着時、サンフランシスコ空港からのハイウエイの広さと車のスピードに驚き、トイレと風呂に困り、洋食に閉口したものですが、今はだいぶん慣れました。

 先日ニューヨーク事務所でN所長にお会いしたとき、夏の三人旅を話したところ、「会社にはあまり話さない方がいいぞ。人によってはお前が遊んでばかりいるように見えるし、妬む人もいるだろう」、と注意してくれました。人事部には報告してしまった後だったので、「しまった!」です。

到着早々、2週間の旅

 サンフランシスコ → ロサンゼルス → デンバー → スーフォールズ → セントポール → ニューヨーク → ステートカレッジ

 トイレや風呂の使い方や洋食の食べ方やその他いろいろな生活習慣を教わりました。 (人事部宛ペンステート便り 69.8 ・パート4、参照) 

8月末から1ヶ月近くかけた米国横断旅行

 東北大学から来ているH助教授と知り合い、二人で大学院生のIさんを誘いました。

 テントを50ドルで買い、石油コンロや食事道具をムスタングに積み込んでの三人旅。26日間のほとんどの夜はテントの中、手料理はぼくが担当しました。キャンプ場はタダか1、2ドル程度。食料は行く先々のスーパーで仕入れました。

 ステートカレッジから行きは南のルートを通ってロサンジェルスへ。サンタモニカで太平洋を見ました。帰りは北側を回りました。
 写真もフィルムをやめてスライドにし、Eさんのラボで長いエクタクロームのロールを格安で買い込み、自分でカートリッジに巻いたものを使うという涙ぐましい節約と努力。比較的きれいに撮れて満足です。

 かなりの危険にも遭遇したし、車も度々故障しましたが、それ以上に、各所の雄大な景色はアメリカとアメリカ人の背景を知らしめてくれました。チャンスを生かして良い経験をしたものです。
 (26日間三人旅、参照)

友達について

 親友のマークくんの他にかなりの友達ができました。
 日本人とは意識的につき合わないことにしているので、その分マークくんたちが気遣ってくれます。
(人事部宛ペンステート便り 70.5 ・パート2、参照)

 もっと日本の学生ともつき合うべきだったと後悔もしているのですが、1年間の留学期間と英会話のマスターという命題を考えれば、仕方のないことでしょうか。

この辺で今回のレポートとします。

朗読: 5' 48

朗読(1970.01)合計 12分11秒

  
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