Part0 あらまし Part3 南紀三輪崎 Part6 那智勝浦
Part1 熊野三山1 Part4 太地くじら館 Part7 ホテル浦島
Part2 熊野三山2 Part5 串本海中公園 Part8 駅、鉄道、バス
Part 2 熊野三山2
熊野那智大社 青岸渡寺 那智の滝
 5月11日の熊野三山巡り、後半は那智の滝にはじまって、熊野那智大社と青岸渡寺を拝観した。
那智の滝
神にませばまこと美はし那智の滝 高浜虚子
毎秒1dの水が轟音とともに落下している。
この滝壷で抜き手を切った無謀な奴がいる。
半世紀ほど前…………か
那智の滝、その他の写真
熊野那智大社
熊野那智大社、その他の写真
那智山青岸渡寺
青岸渡寺に関すること
 那智山中には、四十八滝と数えられる多くの滝がある。那智の御滝は「一の滝」で、落差133m、滝口の幅13m、滝壷の深さは10mにおよぶ。
 深い森を切り裂き、忽然と姿を現す神秘的な御滝は飛瀧(ひろう)権現ともいい、本地仏(ほんじぶつ)は千手観音とされる。
 明治初年に青岸渡寺と改称されることになる如意輪堂は、行を実践する修験者たちの拠点になっていく。役行者(えんのぎょうじゃ)、伝教大師最澄、弘法大師空海も、那智に入ったと伝わる。代表的な行が「千日籠り」で、山中での山籠りと、滝壷近くで行ずる滝籠りがあった。
 現在、青岸渡寺が西国三十三所観音霊場の第一番札所であるのは、988年(永延二年)の花山法王の御幸に由来する。縁起によれば、政治的に失脚した法王は那智で山籠りをし、観音霊場巡りを発心。ここ那智から旅立って、三十三か所をまわったという。
熊野古道(集英社)
 印度より裸形上人ら7人が熊野浦に漂着、裸形上人だけが残り熊野各地で修業していた。那智の滝で滝修業をした折、20a余りの観音像を見つけ、これを草庵に安置したことがお寺の開山といわれている。現在の建物は、天正18年豊臣秀吉によって創建されたものである。
紀伊山地の霊場と参詣道(那智勝浦町企画課)
三重の塔の向こうに神の瀑流……
これもぼくの写真ですから念のため
青岸渡寺、その他の写真
朗読(3:53) on
<1.熊野三山1 3.南紀三輪崎>
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