もう一つは超合金の輸出業務でのこと。
HIALはニッケル及び超合金の専門商社として、当然輸出入を扱っている。事務処理は業務部の担当だ。
部下の係長とぼくが社長室に呼び出された。口外無用と小声で前置きしてから、白浜社長はこう言う。
「速玉輸出部からいま連絡があってね。うち(HIAL)が米国へ船荷で送った品物が、ボルチモア港の入管検査で引っかかっているらしい」
禁輸が明示されている金属材料を米国政府に指摘され、近く通産省(当時)から事情聴取を受けなければならない。
部下はハッとした様子で、「私のミスです」と頭を下げる。
本人にやましい意図はなく、いわばケアレスミスであることは見え透いている。が、問題は大きく、謝ってすむ段階ではないようだ。
観念した顔つきの部下に対して、社長に妙案はなさそうだ。電機メーカーと大手商社が共産圏禁輸というこの類の事件で何人かの逮捕者を出したことがまだ耳新しいその当時のこと、ぼくなりに事情を察知した。
「私に預けていただけませんか?」
と社長にいう。
「私は知らなかったのだよ」
社長はぼくたち二人に念を押す。
社長室を出て、資料を携えた部下と近くの喫茶店に入る。詳細理解するまで部下との密談が続く。
速玉輸出部に「ぼくです」と告げて謝り、事情聴取に応じたいと話した。
輸出部長に付き添われて霞ヶ関の通産省に出向く。
「大変なことをしてくれましたね」
担当者は怒りをあらわにぼくをにらんで覚悟を促す。
それから数回通産省に呼び出され、ボルチモア港での芳しくない調査状況が伝えられる。
速玉社内では箝口令が敷かれているらしく、風のうわさにもない。こちらはそれを話せる相手はなく、追い詰められた孤独を味わっている。
いつお縄になるかと首を洗って待ったところ、呼び出しがかかる。いよいよと覚悟して通産省の小部屋で待つと、担当者は入るやいなや、
「あれはなかったことにしましょう」
それだけ言って、頭を下げる相手を見やりもせず、そそくさと部屋を去った。こちらはわけの分からないまま、自身の強運に感謝した。
|