1. 前置き、初日 5. 5日目(バスツアー)
2. 2日目(バスツアー) 6. 6日目(自由行動)
3. 3日目(バスツアー) 7. 7日目(自由行動)
4. 4日目(自由行動) 8. アラカルト
4.4日目 (6月28日、水)
自由行動
  夜中に雨があったようだ。がどんよりの曇。今日はこんな天気なのだろう。

 朝食は部屋でヨーグルトだけ。腹が減ったらその時のことにしよう、妻とそう話した。9時にホテルを出る。

 八坂神社は歩いてもさほど遠くない。通りは碁盤模様だから、距離も時間もわかりやすい。河原町通を四条通まで南下。左に曲がって少し行くと、南座がでんと構えている。

 そこを過ぎると真ん前に八坂神社が見えた。

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八坂神社
 創祀(そうし)は平安時代以前とされる。全国の祇園社の総本社。
 四条通の東の突き当り、祇園の花街と円山公園に挟まれたところにある。東大路通に面した朱塗りの西楼門など、華やかで美しい建築様式が際立っている。
 夏恒例の祇園祭は、貞観11年(869)にここで行われた疫病払いの祈祷に始まった。
 石段を上って丹塗りの西楼門をくぐる。クスとかシイの木の茂るところに疫神社と太田白髭神社があり、さらに石畳の道を行くと広い境内で本殿が迎えてくれた。承応2年(1654)の再建とか。
 祇園祭で有名なこの神社。本殿は「祇園造り」とよばれる建築様式で、少し風変り。
 境内には本殿の他に15社あるとか。それぞれに独自の役割があるのだろう。と思いながら通り過ぎるのもなんだが。
 1時間以上はいたはずだが、飽きるはずはなかった。

八坂神社、その他の写真

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高台寺
 路地道を少し歩いただけで高台寺に着いた。
 鷲峰山(じゅぶさん)高台寺。臨済宗建仁寺派のお寺というよりも、「豊臣秀吉とねねの寺」である。
 秀吉没後、その菩提を弔うために秀吉夫人の北政所(ねね)が慶長10年(1605)に創建した。寛永元年(1624)に三江紹益(さんこうしょうえき)禅師を開山として迎えた。造営に際して、徳川家康は当時の政治的配慮から多大の財政援助を行ったので、寺観は壮麗を極めたという。
 が以後、度々の火災にあって、今日残っているのは開山堂、霊屋(おたまや)傘亭(からかさてい)、時雨亭、表門、観月台等。添付の写真をご覧あれ。庭園(いわゆる鶴亀の庭)は小堀遠州の作。

高台寺、その他の写真

 ここで寄り道。
 小堀遠州。これまで訪れた有名庭園でしばしば耳にした人物だ。そしてここ高台寺でも。

 「鶴亀の庭」といい、西に偃月池(えんげつち)と東に臥龍池(がりゅうち)が開山堂を挟む池泉回遊式庭園という。
 他にも一昨日に行った二条城の二の丸御殿庭園「八陣の庭」とか、3月に訪れた南禅寺の「虎の子渡しの庭」。注意しなかったが、さっき隣りの圓徳院で見た「北庭」もそうだった。
 インターネットで検索すれば、全国要所要所の名勝・庭園にその名が現れる。
 しかし造園家だけでもなさそうだ。「コトバンク」のよれば、こうあった。

 江戸前期の茶人・武将。遠州流茶道の祖。近江生。名は政一、号は狐蓬庵・宋甫、遠州は通称。
 茶道を古田織部に学ぶ。作事奉行として建築・造園に才を発揮し、二条城・仙洞御所などを手掛けた。また書画・和歌を能くし、画は松花堂昭乗に学ぶ。
 書画・古器の鑑定家としても有名。のちに伏見奉行となる。正保4年(1647)歿、69歳。
 辞世の歌。
昨日といひ今日とくらしてなすことも
なき身の夢のさむるあけぼの

 …………
 横道に逸れついでに、もう一つ。
 はかどらない作業を横で鳴っているNHK-FMのジャズのせいにしたくなる。スイッチを切ったら暗闇に陥ったようで、さらにはかどらない。久しぶりにクラシックをBGMにしてみるか。

 賑やかなのもなんだしと、LPをあさって、バッハのチェロ組曲を選んだ。「無伴奏チェロ組曲全集」(Archiv Production)3枚組で、ピエール・フルニエが独奏している。
 多分40年ほど前、大同特殊鋼の東京支社で鋳鋼営業に携わっていた頃、近くの霞が関にある通産省の売店で買ったものだ。レコードはいまも新品同然だから、その頃2~3度しか聴いていないはず。

 しばらく作業を中断して、1枚目のA面(第1番)を聴く。
 これなら耳障りにならない。多少は仕事の助けになるかもしれないぞ。
 3枚目B面の第6番を聴き終わると2時間は経ち、4時を過ぎている。その間、紀行文はどこへやら。忘れ去っていた。
 が振り返ると、これ、進行中の京都の寺社にマッチしているような気もする。自己主張が強そうでなく、むしろ控えめに聞こえ、作業を妨げそうにない。
 高台寺で撮った写真を眺めると、小堀遠州が造った庭園や観月台、開山堂、……シックな景色がBGMを心地よしとしているようだ。
 ねねの(秀吉への愛というよりも)与えられた人生への献身と信心。そんな空想ももたげて、もう一度、今度はこの紀行文を書きながら聴きなおすことにした。

Johann S Bach Pierre Fournier
LPアルバムのパンフレットより
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知恩院
 高台寺から再び八坂神社を通り過ぎて少し上手(かみて)に歩くと、そこはもう知恩院。途中で蕎麦の昼食。隣りは吉本喜劇の劇場で、だから店内は有名役者の色紙が張り巡らされていた。

 承安5年(1175)、浄土宗の開祖・法然上人が、草庵を結んで布教の拠点とした地で、浄土宗の総本山。山号は華頂山。詳名は華頂山知恩教院大谷寺。
 三門は徳川秀忠、本堂は徳川家光によって建立。
 御影堂から大方丈、小方丈までは鴬張りの廊下を伝っていく。
 他にも唐門、経蔵、勢至堂、等、見過ごせない。

 写真の三門は元和(げんな)5年(1619)建立で、わが国現存の木造建築物として最大規模。正面:約27㍍、側面:約12㍍、高さ:約24㍍。門をくぐって男坂という急勾配の石段を上り、ようやく境内に入った。

 「恩を知る」。法然上人入滅後に弟子の源智がその住居跡に御影堂を建てたのが始まりとか。そこでこの名がついたか、どうか? 教えてほしい。

 御影堂は改修中につき拝観不可で、方丈からの廊下を一部歩いた。これが知恩院の七不思議の一つという「鶯の鳴き声に似た音が響く」という廊下。歩くにつれ確かにその音が響いた。
 七不思議のもう一つ。襖絵の雀があまり上手に描けていたのでどこかに飛び立ってしまったという「抜け雀」。舞台も内容も違うが、志ん生の落語を思い出した。

知恩院、その他の写真

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 もう4時半。地下鉄東西線の東山駅まで歩く。ホテル近くの京都市役所駅は二駅目だった。
 すし屋で弁当、コンビニで缶ビール、等を購入。
 部屋に帰り、シャワーを浴びて、テレビ桟敷で晩酌の夕食。7時のニュースで完。iPodの落語を聞きながら寝入ってしまった。
Part 4 朗読: 13' 38"
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