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1.10月24日(日)、毎日新聞の特集記事
本日は日曜日、入院6日目。時間つぶしには持って来いの「クロスワード・パズル」が目的で、1階へ降りて売店で毎日新聞を購入。この項、第2章で触れた。
パズルを終えた後、ヒョイと1面トップ記事に目が行った。特集〝迫る〟で、「今ある自由 闘ってこそ、在日韓国人元政治囚の歩み」と題し、1面の大半と続きは3面の全面を占める長文記事だ。普段なら見出しに目をやってうなずき、中身まではよほどでないと読み進まないが、……。今は違う、暇だらけ。
昼食を交えて読みふけった。
韓国が軍事独裁政権下にあった1970~80年代、その母国に留学していた在日韓国人の若者らが「北朝鮮のスパイ」にでっち上げられ、無実の罪で投獄されるという人権侵害が相次いだようだ。30~40年前の話。
その一人だった男性(現在73才)の13年にわたる獄中生活と、仮釈放から33年を経た今も恐怖・警戒感を拭い去ることができない半生を追っている。最後まで緊張して読んだ。ぼくにとって、めったにないひと時だった。
このような惨事、韓国に限ったことではあるまい。世界のそこここで起きているのかも。日本は例外、と云えるだろうか? ぼくを含めて親族が、平和裡に現時点まで生きながらえていることに幸運との思いと感謝の念が深まった。
2.病院内医療介護従事者の活躍
入院中に深く感じたのが、医師・看護師をはじめ医療従事者の忙しさ。ただ事ではない。点滴具を離せないぼくを車椅子に座らせて5階の病室から1階に降り、X線検査や心電図測定の一部始終に付き添う介護の方も、ぼくだけでなくもう一人を掛け持ちしている様子。そのためおざなりになることは一切ないが、異常ともいえる忙しさは目に見える。
それにしても検査待ちの患者の数。午前中のある日、1階廊下にあふれている患者に驚きの声を発すると、「今日は少ない方よ」。
患者もいろいろあるから、時には扱いに困ることもあろう。なんにせよ、病院の人手不足は否めない。
とくに浦安市。ぼくが家族を伴ってこちらに引っ越したのが41年前。当時1万人と言われた人口がいまや16万人を超えている。移住者の多くがぼくと同年代だったとすれば、いまや70~80代。老齢化が一気に進んでいるはず。加えて昨今のコロナ禍。
医療施設の人手不足は容易に想像でき、順天堂大学浦安病院も例外ではあり得ない。そう思わざるを得なかった。
3.物忘れと運動不足
財布忘れた。歩数計つけてない。マスクは? 出かける際のこうした物忘れ、枚挙にいとまがない。
台所等、そこまで来て「何だったっけ」。これも日常茶飯事だが、もっと身近で焦るのが、人の名前、場所の名前、モノの名前。すぐに出てこずじりじりする。
夫婦して何かとこうした物忘れ。そのために人に迷惑をかけたり身に危険があるわけではないが、愉快ではない。もはやあきらめ半分の境地。
妻はこの9月に傘寿(80才)を迎え、ぼくは1才年上。寄る年波にはあらがえないということか。
そんな中で妻は俳句にいそしみ、ぼくはこのホームページ「中高年の元気!」をわが友として付き合っている。更なるボケ防止の助けになってくれればよいが。
それよりも運動。妻は週2,3回友だちとテニスを楽しみ、週2回は太極拳。それにウオーキングも心しているようだ。
それに比べてぼくは? 今回のペースメーカー植込み手術のお陰で、まだ左手が自由に動かせないから、ダンロップでのマットエクササイズもソフトエアロも当分自粛せざるを得ない。今年中はダメだろう。だからダンロップは、当分ウオーキングマシンと風呂のみだ。
ラジオ体操すらはばかる。ウオーキングでどれだけ補えるか。
4.退院後
これからは当分ウオーキングを心がけよう。腕は小振りで、スマホの自前朗読を聴きながら。
食事はいつものとおり。
朝食は次項に譲るとして、昼食はまず自前のカレーライスから。
退院翌日の昼食下準備は忙しかった。カレールーはあるとして、午前中にサミットでカレー用牛肉を仕入れる。玉ねぎ、ジャガイモ、ニンジンをいつものとおりにしつらえ、身を入れた。
妻が一口して、「おいしい!」。わが意を得たり。
ぼくのレパートリーは、これと親子丼。昼食は、これらと妻の手料理が入れ代わり立ち代わり。ソーメン、そば、スパゲティも、その時の状況やおかずの品揃えに応じて。
夜は晩酌。病院で10日間禁酒したにもかかわらず、意志薄弱。退院当日から焼酎水割りにレモン汁を少々。折角の妻の手料理もぼくにとっては酒の肴だから申し訳ない。
夕食終えると、今夜は6チャンネルで「プレバト」。それが終わって寝床へ。
やはり自宅の寝床が心地いい。当然点滴等のひも付きではないから、ゆったり。
5.朝食
正直、病院の食事は愛でなかった。朝の牛乳と果物はよかったが。
退院してほっとしたのが、何やあらん、「普段の食事に戻れる」。
この写真は、退院1週間後(11月4日)の朝食。
スムージー:リンゴ半分、カットトマト半缶、ブルーベリーひと掴み、黒酢少々、氷と水少々。これをミキサーでかき混ぜる。約6杯分。
コーヒー:一昨日作ったのへ牛乳をプラス。
パン:昨日ホームベーカリーで作ったレーズンパンだ。
ヨーグルト:種菌スタートでおよそ2年、いまや自家製も同じ。1ℓ大の容器にこれを20%入れ、牛乳80%で一夜据え置いて新しいのが出来上がり。今朝はきな粉とハチミツをトッピング。
デザート:好物の柿半分とミカン。
5.柿、大好物
エッセイや紀行文のそこここで、柿がぼくの大好物であることを吐露している。10月に入ってナシの旬が終わると、柿が店内をにぎわしはじめる。それから年初まで、ぼくの味覚が謳歌する。
〝柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺〟
正岡子規の有名な句からして、「柿、大好物」はぼくだけではなさそうだ。
その子規、思ったとおり柿を愛でた俳句仰山。そのいくつかを拾い出すと、
“渋柿や古寺多き奈良の町”
“奈良の宿 御所柿くへば 鹿が鳴く”
“柿くはぬ病に柿をもらひけり”
“我好の柿をくはれぬ病哉”
“側に柿くふ人を恨みけり”。
”風呂敷をほどけば柿のころげけり”
”三千の俳句を閲し柿二つ”
”宿取りて淋しき宵や柿を喰ふ”
”初なりの柿を仏にそなへけり”
”癒えんとして柿くはれぬぞ小淋しき”
”柿くふも今年ばかりと思ひけり”
親友の夏目漱石も負けてはいない。
”柿落ちてうたゝ短き日となりぬ”
”樽柿の渋き昔しを忘るるな ”
”この里や柿渋からず夫子(ふうし)住む”
”渋柿も熟れて王維の詩集哉”
”渋柿や長者と見えて岡の家”
”能も無き渋柿共や門の内”
松尾芭蕉もこんな句。
”里古りて柿の木持たぬ家もなし”
ついでにぼくの3句。
”柿喰ふてよくぞ日本に生まれけり”
2002年、イタリアにて
”モロッコに柿のありしか旅間近”
2010年、モロッコへの旅直前
”退院すぐ柿を食ひたし子規漱石”
今回入院中
朗読: 14' 52"
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