1. 入院まで 4. あれこれ
2. 病院の10日間 5. 「歎異抄をひらく」朗読
3. 退屈しのぎ
2.病院の10日間
 2021年、81才の秋。
 ペースメーカー植込み手術の前日入院から、10日後の退院まで。病室暮らしの概略を以下に記す。
10月19日 (入院初日、火曜日)
 9:00-10:00 順天堂大学浦安病院にて入院手続き。妻が付き添う。
 B棟5階受付で妻と別れ、570号室へ。(付き添いはここまで、以降面会禁止)
 テレビ付き、1人部屋。
 持参した退屈しのぎは、本3冊とスマホ、それに携帯ラジオ。妻との交信はスマホ頼み。

 病室に入るとすぐ、新型コロナ感染のチェック。鼻に綿棒を入れる。陰性。
 1階へ降り、X線検査と24時間心電図装着。

 16:30 シャワーを浴びて、身体計測。血圧:171と101。どちらもよくない。脈拍:40。体温:36.4℃。
 血圧を下げるシップを胸に貼る。

 18:00 夕食。少し残す。
 ベッドに寝転んで、スマホを通してウェブサイトの自演朗読を聴く。「戌年(いぬどし)の2018年、年明けて」(雑記帳第109話)と「モロッコ紀行2010」(雑記帳第59話)の途中まで。
 あとはテレビを見たり、ラジオを聴いたり。
 22:00 就寝

…………………………
10月20日 (2日目、水曜日)
 5:40 起床。冷水をゴクリ。手術うまくいきますように。
 6:30 ラジオ体操。明日から当分できないはず。
 昨夜に引き続き、「モロッコ紀行2010」を終わりまで聴く。続いて「エジプト・トルコ2008」。

 12:00 点滴装着。尿道カテーテル(手術の前段階、挿入中痛い!)。
 昼食抜き。
 17:00 ペースメーカー植込み手術。
 別のベッドに乗り換えて1階の手術室へ。いよいよだ。
 局部麻酔のあと、左肩口に執刀。長さ5センチほど切開したよし。麻酔が効いているとはいえ、痛い。麻酔を追加。
 手術は執刀医のO先生と数名のチーム作業。間断なく声を掛けあいながら作業は進む。
 ペースメーカーがうまく植込まれるように、局部をぐいぐい連続して抑え込む。それが痛い。我慢を強いられる。ひたすら成功を祈る。
 19:00 手術終了。

 夕食、断る。
 ラジオを聴きながら、うつらうつらして眠りに落ちる。
 手術時の痛み止めがまだ効いているせいか、さほどの痛み感じない。

…………………………
10月21日 (3日目、木曜日)
 5:30 目覚める。スマホで自分の朗読を聴く。
 7:00 尿道カテーテル抜去。小便すると、尿の出だしは桃色。大したことはあるまい。
 朝の値。血圧:145と71。脈拍:64。体温:36.4℃。
 8:00 朝食。空腹感なし。牛乳とパンがうまい。
 9時過ぎて主治医のO医師が見える。ペースメーカーからのリード線が心房からずれている、とのこと。確かに脈拍がいま30台。〝夕刻再手術〟の了解を求められた。

 昨日と同じく、手術前に尿道カテーテル挿入。痛い。
 18:00 再手術開始。
 局部麻酔のあと、切開部を再度開く。再び痛みが走る。執刀のO医師を中心に、チームの掛け声が部屋に響く。昨日同様の手術過程で、麻酔増量、それでもペースメーカー再挿入時は痛みが走る。我慢を重ねる。その間長い。どうやら順調に終わったようだ。19:30。
 O先生、みなさん、ありがとう。声を出して感謝した。今度はうまくいきますように。

 部屋に戻った後、左肩植込み部の痛みは殆んどなく、今度も鎮痛剤服用せず。安静に就寝。

…………………………
10月22日 (4日目、金曜日)
 5時目覚める。
 ラジオでニュース、スマホで次の朗読を聴く。
 「ベネルクス3国」「回想イベリア半島」「今日この頃、2015」「今日この頃、2011」。
 ここで、「81才、今日この頃」と題して入院の日々を中心に近況の執筆を決意。28日の退院後に取り掛かろう 。

 7:30 尿道カテーテル抜去。尿の出だしは昨日同様桃色だが心配なかろう。
 体温:37度。脈拍:60(設定どおり)。
 9:40 X線検査。

 「雑記帳」と「小話集」のあちこちを見まわして、自前朗読を聴いている。
 小話集第50話「あの頃、桜散って(断章)」で、当時の自分が思い出された。大学受験に失敗した1959年頃だ。翌年一橋大学社会学部に合格するまでわずか1年足らずだが、思えばいろいろあった。
 高校3年になる前から大学志望校を東京外大英米学部のみに絞った結果、数学と理科にサヨナラしていた。2浪を避けるため他校の受験を考えると、それらも勉強しなければならない。それに英語のディクテーション対策、等々。他人事めくが、かなり苦労したようだ。

 昨日の手術成功の知らせを心待ちしたが、音沙汰なし。本日はあきらめ。

…………………………
10月23日 (5日目、土曜日)
 5:30 検査で目覚める。血圧:154、73。脈拍:63。体温:36.7℃。
 8:00 朝食。牛乳とデザートのキーウイがうまい。
 9:00 O医師来たる。「全てOK]とのこと。すぐ妻に知らせる。お互い、「よかった!!」
 11:00 血圧:126、83。脈拍:65.体温:36.0℃。

 雑記帳第13話「ぼくの古文書」を聴く。懐かしい。
 大同製鋼(現、大同特殊鋼)に入社して数年間、名古屋市港区の築地工場総務課勤務当時の作品だ。その一つが、英文和訳の「部下の欠勤」。Y総務課長がさるセミナーから帰って、英文冊子をぼくに手渡し、「君なら和訳できるだろう」と一方的に命令。
 それから1週間、夜中、寮の個室でねじり鉢巻きだったはず。それがこれ。英語原文は散逸してしまったが、わかりやすい文章だったと記憶する。(訳文朗読:1時間9分)
 Y課長はぼくの訳文を詳細肯きながら目を通し、数ヶ所朱を入れてから印刷屋を呼び、100冊ほどB5版の冊子にするよう依頼。出来上がると工場の現場・事務所の役職者に配布し、現場教育用とした。その時のY課長のしたり顔。
 こんな時もあったのだ。

…………………………
10月24日 (6日目、日曜日)
 10:00 売店で毎日新聞を購入。

 数年来、毎週日曜日の朝は朝刊のクロスワード・パズルがわが友。電子辞書やインターネットを援用して2時間ほど格闘。ほぼ全回、解答にこぎ着けている。
 ということで、今朝は売店が開くのを待って1階へ降りる。
 病室住まいの今、強い味方はスマホ。音声モードにしてわからない箇所を声で尋ねると、何らかのヒントが返ってくる。
 お陰で2時間弱にして完了できた。答えは、「ヨトウオアヤトウノハロウイーン」(与党or野党のハロウィーン)。

 新聞のテレビ番組を見ると、5チャンネルで13:55から〝「ZOZOチャンピオンシップ・ゴルフ」最終日〟とある。そうだ、松山英樹が昨日の3日目現在、1打差で単独首位にある。これを見ずして、……。
 ぼく自身、45才で脳梗塞を患う前まではオフィシャルハンデ13で、米国駐在中よく得意先関係者と連れだってコースへ。営業の確かな下支えになっていた。
 病から10年ほどして、左半身不自由というハンデもほぼ直り、練習場へ通うようになっていたが、ひと頃のようにはいかず興味は失せた。同時にプロゴルフのテレビ観戦もまるっきり遠ざかった。
 だからこの番組もいつもなら見るはずはない。入院中ならばこそ。
 それこそ起伏に富んだこの全米オープンゴルフを、2時間、たっぷりと興奮しながら見入った。
 英樹君、すごい。おめでとう!
…………………………
10月25日 (7日目、月曜日)

 昨夕の検温で、37.5度。氷マクラを勧められたが、断る。その時、新型コロナ感染の疑いとかで、再び鼻腔に綿棒を差し込まれた。今朝担当看護師から、陰性だったと伝えられる。

 7:30 血圧:145、77。脈拍:66。体温:36.6℃。採血。
 14:30 介護士に付き添われて、車椅子で1階へ。X線と心電図。
 夕刻、助手のY先生がペースメーカー植込み部の防御テープをはがしてくれた。
 点滴は退院するまで続ける由。
 血圧は相変わらず高い。160で、計り直しても151。
 夜の頻尿には困ったものだ。2時間に1度はトイレへ。
 夜中、点滴のリード線が煩わしい。それも今夜とあと2日の辛抱だ。
 便秘は解消されている。

 小話集第52話「検査入院3日間、2012」で、あの頃を思い出した。
 その年、ここ順天堂浦安病院に、前立腺ガンの疑いで3日間検査入院した。ガンは見当たらず助かったが、その初日に脳神経内科でお世話になっているT先生が花束を届けてくれたばかりでなく、ご本人が病室を訪ねてくれて、1冊の本を手渡された。「毎日新聞社会部」(山本祐司著、河出書房新社)。
 著者は脳梗塞で先生の患者。現在車椅子の生活で、言語障害も病んでいるが、浦安市内で「ルパン文芸」という童話創作サークルを主宰しているとか。
 退院してしばらく、その山本氏とルパン文芸のみなさんに親しくしていただいた。10人ほどのサークルで、みなさん各自何らかの身体ハンデをお持ち。
 ぼくも自作品を持ち寄って、新浦安駅横の喫茶店で車座になって語らいあった。その一部始終がぼくのこのエッセイに記されている。元気になったら、幹事のOさんに連絡しようかな。
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10月26日 (8日目、火曜日)
 7:30 起床。血圧:161、99。脈拍:60。体温:36.6℃。血圧降下シールを貼る。
 晴天、少し鰯雲。本日は特別の医療なし。

 9:30 シャンプー、シャワー。気持ちいい~!!
 10:00 ペースメーカー植込み部、抜糸。

 4年前に旅した「初夏の京都1週間、2017」の朗読を楽しむ。約2時間に及ぶ長編だ。聴き進むにつれ、忘れかけた記憶が一つ、また一つとよみがえってきた。
 還暦過ぎてから妻と訪れた国内名勝の各地紀行文を、自分なりに海外への日本の風土紹介を期して英訳に専念し、「English Edition」広場に展開している。この京都の旅。英訳してあれば、日本の歴史名所の大御所として、広場の一角を占めるのになあ。粗末な英訳でも、外人の興味を引くに違いない。そんな思いが頭をよぎるが、いまとなっては手遅れ。実力の衰えは意欲を補えない。残念至極。
 そんな気分がかすめながら、何とはなしにスマホの小さな画面で「English Edition」広場を一覧していくと、なんと!

One Week in Ancient Kyoto
June 25-July 1, 2017


Sanjusangen-do, Fushimi-inari Taisha,
Ryoanji, Nijo Castle, Mimurotoji,
Manpukuji, Byodoin, Daigoji, Kajuji,
Yasaka Shrine, Kodaiji, Chionin,
Kiyomizu-dera, Arashiyama, Tenryuji,
Rakushisha, Kinkakuji, Toji, Ginkakuji,
Honenin, Heian Shrine, Honnoji, Rokkakudo, Nishi-Honganji, Higashi-Honganji

 びっくりした。あの頃まではやりおおせていたのだ。朗読時間:2時間37分。
 休み休み、夕刻まで、併せて英語の素文素読を感心しながら楽しんだ。

 眞子様と小室圭さんご結婚。テレビはどのチャンネルも花盛り。

 本日は「柿の日」。
 正岡子規が〝柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺〟を詠んだ日に因むという。このエッセイの第4章に「柿。大好物」と題して、子規と柿がらみについて短文を載せることにした。

…………………………
10月27日 (9日目、水曜日)
 5:00 採血で目覚める。

 脈拍、血圧、体温とも正常範囲。明日の退院を確信。
 7:00 窓を開けて見下ろすと、歩いている人たちは傘をさしていない。予報どおりの曇り空だ。
 9:30 X線検査と心電図。
 10:30 ペースメーカー植込み部位検査。O医師から、MRIを受けてよいとの証明書が1ヶ月後に書留郵便で送られてくるとのお達し。

 スマホの電話で、妻に明朝10時退院を告げ、病院の指定場所に来てほしいと頼む。

 本日は、昨夜から聴いていた自作小説「海の男の一生」(父の生涯)、第3章「新婚生活」を聴く。
 寝床で妻の〝くま〟を腕枕させた京蔵が、17年間働いた南洋アラフラ海の思い出を語っている。今夜の(くだり)は深海に広がるサンゴ礁と様々な生き物。
 この章が終わったところでラジオに切り替える。昭和初期の何らかの事件がテーマだ。たまたま自作小説で京蔵が語っているその頃だ。番組最後に、渡辺はま子の歌で「サンフランシスコのチャイナタウン」が流れる。番組終了後もしばらくしんみりとした気分が続いた。

…………………………
10月28日 (10日目、木曜日)
 5:00 目覚める。血圧:138、78。脈拍:60。体温:36.8℃。正常。いよいよ退院だ。
 6:30 洗面。
 8:00 院内最後の朝食。牛乳とブドウがうまい。
 そのあと、点滴の管と心電図計測取り外し。ようやく、ほっとした。

 10時過ぎ 妻とB棟5階ラウンジで会う。久しぶり!
 1階で料金精算。全てが終わった。

 病院から自宅まで徒歩5分の距離。ゆっくり歩いて、うれしい帰宅。これから、滞りない日々でありますように。

朗読: 27' 45"