1. 前置き、初日 3. 3日目(松本城)
2. 2日目(周辺散策) 4. 4日目(周辺散策)
2 2日目 (11月13日)
 ワゴンの揺れまくりが妻にこれほどのダメージを与えるとは。
 夜中10時頃、変な物音に突然起こされた。妻がトイレで吐いているようだ。それがその時だけですんだのなら、大したことではない。これまでも車酔いによるこんなことはなかったわけではないから。今度はそうでない。3時頃までもどし続けたのだ。
 当然妻は朝食スキップ。ぼくもこの旅、本日の松本城は当然のこと、予定の行動をあきらめた。4日目のチェックアウトまで、旅館で温泉三昧もいいではないか。旅館自慢のおかゆ朝食を一人寂しくいただきながら、そう観念した。

 テレビでは、いまこの辺の気温はマイナス1度。一日中晴天で最高温度は17度まで上るそうだ。
 妻につられてではなく、ぼくもいやな疲れを感じている。昨夜の飲みすぎがきいたか? それとやはりあの曲がりくねった上り急坂のガタゴト。
 朝風呂に入らず、10時過ぎまで寝床でうつらうつら。

 「付近を歩きましょうよ」、突然そんな声。耳を疑う(いとま)もなく、妻は既に準備完了。
 11時前に宿を出て、絵地図に従って渓流沿いをしばらくぶらりぶらり。快晴にして小春日和を思わせる陽気。妻の表情も和らいでいる。

 10分ほど歩いたか。民家風の観光案内所を過ぎたところに二股状に折れた横道があり、そこを入ると、石仏が横並びでこちらを向いている。それぞれ縦50センチ程度か。「三十三観音」だそうだ。

 江戸時代、白骨温泉の霊泉的効能を得た湯治客の有志が建立したという三十三体の観音様。
 優しいまなざしの地蔵尊と観音様を拝観すれば、昔の湯治客のようにご利益をいただけるかもしれません。(絵地図の説明)

 小さな親切的慈悲を感じながら、飾り気のない周囲の景色にお似合いとも取れた。

 本道にもどって先を行くと、1分も経たず右に幾筋も滝が続く。「竜神の滝」だ。

 無数の白糸のような水の流れが美しい竜神の滝。新緑と雪解けのコントラストが見事な早春、紅葉揺らす秋の風景は特におすすめです。(絵地図の説明)

 ぼくの故郷の那智の滝と比べるのは場違い。ここも周囲の閑散な景色にマッチしている。

竜神の滝、その他の写真

 観光案内所のところまで戻ると、すぐ後ろが築山のように盛り上がっている。上ると中里介山文学碑。

 絵地図によればこうだ。

 白骨温泉は、作家・中里介山が生んだ長編小説「大菩薩峠」により広く世に知られました。故人の功績を讃え偲び、昭和29年に作家・白井喬二が中心となり建立された文学碑です。

 この碑を見ながらいつぞや山形県の最上川へ行った時の妄想が浮かんだ。最終章のアラカルトに、「大菩薩峠と白骨温泉」と題して記す。

 山すそを見下ろすと、隧通し(ついどおし)冠水渓(かんすいけい)。急流が石灰石を侵食してできた自然のトンネルだそうだ。その近くに、噴湯丘(ふんとうきゅう)・球状石灰岩があったはずなのだが。

 …………
 昼食は予定通り「媒香庵(ばいこうあん)」にて。つるや旅館のつい近くだ。
 外観も店内の趣きもなかなか。野天風呂も経営しているよし。

 名物の「とうじそば」は頼まず。妻は食欲がなく、この鍋料理は2人前が(きま)りだから。……、ぼくは信州ざるそば、妻はおかゆ定食にする。妻の食べ残しを含めてぼくは満腹以上。

媒香庵、その他の写真

 そうこうしているうちに、かれこれ2時前。本日の観光を切り上げることにした。
 湯上りのあと、6時から夕食。
 妻は料理を半分ほどで終え、ぼくは禁酒デーとする。
 テレビをしばらく見たあと、2人とも寝床へ。今夜は妻も静かに眠りに落ちた。


 ぼくは寝床で今日一日を振り返っている。妻の体調からして、これだけの散策は儲けものだった、……。
 そう、長野県で見残している重要名所は松本城。その近くの温泉は? トラピックスの案内書にこの項を見つけ、松本城日帰りを念頭に申し込んだのだった。
 それで、白骨(しらほね)温泉とは?
 昨日夕方旅館に着いて今まで、ぼくなりにこう理解する。

1.陸の孤島……近くの有名どころは上高地と乗鞍高原。アルピコ交通のバス連絡はあるが、1日数本。松本や塩尻ははるか先。松本城へはアルピコのバスと電車の乗り継ぎで、かろうじて日帰りできそうだが、片道2時間はかかる。
 この温泉郷、常識的にはマイカーでやっとたどり着ける小部落。それほど辺鄙とは知らなかった。

2.小さな温泉集落……現在、ホテル・旅館は11軒。この温泉の属する安曇(あずみ)地区全体の人口が2,500人を下回るから、この地区の住民は何人ぐらいだろうか。少なくとも、つるや旅館の従業員は全員他地域ないし長野県外からの人たちだ。

3.渓流沿い……2つの渓流が途中で合流するその山間渓谷の村落といえばいいのだろうか。周囲を覆う森林はついこの1,2週間前までは紅葉に()えていたのだろう。

4.湯治は? ……つるや旅館はそうでないが、他のホテルでは湯治客も受け入れているに違いない。であれば、約10年前に訪れた山形県肘折温泉と比べたくなるが、……。

5.魅力的特徴……反応が鈍いのか、まだこれといった感じはない。一般日本人がわざわざここまで泊まりに来る切り札的魅力はむずかしいのではないか。が、西欧の外国人には? ホテル内外の標識や案内書が国際語としての英語併記であればなあ。英語による応対ができなくても、また多少の不便を感じさせても、こうしたインフラさえあれば、かえって彼らはその不自由を愛でるかもしれない。乗鞍や上高地への経由地と位置付ければ、この陸の孤島的小温泉郷での1泊は彼らのいい思い出ともなろう。