Part1 1. 安眠剤 2. ぼくなりの楽しみ方
Part2 3. 好みの出し物、噺家 4. 聞き比べ 5. 宿屋の富
Part3 6. 寄席では味わえない 7. 志ん生と圓生
Part4 8. 「らくだ」を歌舞伎で見た
落語の話 (その2)
3.好みの出し物、好みの噺家
 どんな出し物が好きなのだろう。どの噺家が好きなのだろう。出し物を特定せずに噺家を並べると、こうなる。
 志ん生なら何でもいい。桂文治が好きだ。「源平盛衰記」を林家三平と聞き比べて、それから好きになった。伸治の頃からこんなだったのかなあ。
 円遊がぼくの隠れた好みで、「湯屋番」が一押し。地味だが下品でない。文楽は癖があるが、ときどき好きだ。金馬も同様。柳橋がいい、とくに「お見立て」。
 彦六、小さん、可楽……。概ね安眠剤的好みである。圓生、米朝、三木助、談志、志ん朝、枝雀も好きですから、念のため。
 やはり「出し物」と「噺家」があわさって好み≠ニいうことになるか。上記の出し物以外にどんなのがあるだろう。思いつくまま挙げてみる。志ん生、文治、円遊は割愛する。彼らのは概ね好み≠ノ入るから。
「そば清」(十代目金原亭馬生)、
「地獄八景亡者戯」「天狗裁き」(米朝)、
「抜け雀」(志ん生、米朝)、
「芝浜」「三井の大黒」「へっつい幽霊」「宿屋の仇討」(三木助)、
「かんしゃく」「酢豆腐」(文楽)、
「らくだ」「二番煎じ」「巌流島」(可楽)、
「死神」「鰍沢」「紫壇楼古木」「お神酒徳利」「品川心中」「真景累ヶ淵」「居残り佐平次」「稲川」(圓生)、
「茶の湯」「高田の馬場」「居酒屋」(金馬)、
「浪曲社長」「中沢家の人々」(三代目圓歌)、
「時そば」「夢金」(柳橋)、
「長屋の花見」「提灯屋」(小さん)、
「中村仲蔵」「淀五郎」「生きている小平次」(彦六)
 …………

 通ぶって羅列した。深い意味合いはない。なかにはついでに≠燗っていますので…………

4.聞き比べ
 志ん生と圓生の「三軒長屋」「子別れ」、圓生と米朝の「鹿政談」、米朝と志ん生の「三枚起請」……、古典落語で一人の噺家しか演じていない出し物を思い出せない。
 志ん生おはこの「火焔太鼓」だって、金原亭馬の助のが「NHK落語名人選」にあるし、息子の志ん朝のはDVDで残っているし、橘家圓蔵(前の月の家圓鏡)がやっているのをテレビで見たことがある。桂文治(朝日名人会ライブ)のが意外といい。

 「志ん生と圓生」については次章で触れる。ここはほんのさわり。
 志ん生はらい落・ひょうきんで、笑わせると思うとじっくり聞かせたり。対して圓生は、長い。とくに「圓生百席」では、心ゆくまで語っている。真面目・こだわり・理詰め。好き不好きは聞き手によるだろう。ぼくはその情報の豊富さ≠ェ好きだが、くどく感じるときもある。
 「三軒長屋」は両師匠とも持ち味が出ていて面白い。「子別れ」は、志ん生のほうがもっと好きだ。面白おかしく聞き手を引きずり込んで、しみじみ・ほろっとさせて落とす。

 「鹿政談」は安眠剤としてもほどよいからよく聞く。もとは上方落語だ。圓生のは「NHK落語名人選」と「圓生百席」で、「百席」は長い。米朝は「米朝落語全集」からとった。
 お二人ともマクラで、江戸・京都(きょうとう)・大坂(おおざか)・奈良、それぞれの名物を取り上げている。奈良の名物町の早起き≠ヨの伏線である。
 米朝のを引用すると、

江戸の名物
 武士鰹大名小路生鰯、茶屋紫に火消し錦絵
京都の名物
 水壬生菜女羽二重みすみ針、寺に織り屋に人形焼き物
大坂の名物
 橋に船お城芝居に米相場、惣嫁揚げ屋に石屋植木屋
奈良の名物
 大仏に鹿の巻筆あられ酒、春日灯籠町の早起き

 筋、オチとも両者ほぼ同じだが、どちらも味わい深くていい。何度聞いても、マクラがとくにいい。

 「三枚起請」はぼくの「大好きベスト」に入る。
 お女郎にコケにされた三人が仇を打ち損なうの巻。志ん生のを引用すると、

 「なあ、女郎なんてえものは、客をだますのが商売だ。だから、おれたちは、だましたのをぐずぐずいうんじゃねえ。おめえのだましかたがしゃくにさわるから、こうやって文句をいうんだ。むかしからいうじゃねえか。『いやな起請を書くときにゃ、熊野でカラスが三羽死ぬ』って」
 「あら、そうなの。三羽死ぬの? それならね。あたしは、もっともっといやな起請をどっさり書いて、世界中のカラスを皆殺しにしたいよ」
 「皆殺しにする? おめえは、カラスに恨みでもあるのか?」
 「べつに恨みなんかないけどさ。世界中のカラスを殺して、ゆっくり朝寝がしてみたいんだよ」

 熊野はぼくの出身地だ。帰郷すると「高野坂」(こうやざか、こやのざか≠ニもいう)をよく歩くが、カラスが必ずいて、「カーカー」鳴いているところがある。三輪崎口から石畳を上っていくと、「(熊野灘)展望台」への標識があり、そのあたりだ。雑木林の途切れ際で騒がしい。
 標識の矢印に沿ってあぜ道をたどると、断崖絶壁に行き着く。見渡す限りスカイブルーの熊野灘だ。足をすくませながら真下を見下ろすと、岩礁に白波がザーッと跳ね返っている。向こうに目を転じると、三輪崎の海に小島が二つちょこんと浮かんでいる。わが一押し、南紀熊野の景勝である。

 高野坂とカラスのせいでこの出し物が好きというわけではない。歯切れがいいし、棟梁も猪(いの)さんも清(せい)さんも、活き活きしている。笑わせながらトントンと進む。
 志ん生はもちろん、米朝も快調で、両者とも何度聞いてもまた聞きたくなる。健やかに眠れる。

5.宿屋の富
 江戸時代の富くじの話が落語によく出てくる。それを出し物の題にしたのが、標題(上方では「高津の富」)と、太鼓持ち久蔵の「富久」、富くじに当たった水屋の悪夢の「水屋の富」、同じく富くじに当った八五郎がド派手に年始回りをする「御慶」……そんなところか。ぼくは志ん生の「富久」をよく聞くし、志ん生の長男金原亭馬生の「宿屋の富」をときどき聞く。
 「宿屋(高津)の富」だが、何気なく桂文珍のを聞いて、これもいいと思った。iPodに収めてあるのを調べたら、あるね。他にも五代目小さんや、歌丸、談志らがやっているらしい。
志ん生 20:28 志ん生落語集
志ん生 19:10 志ん生名演集
志ん朝 27:35 落語名人会
馬生 28:19 NHK落語名人選
文珍 30:36 朝日名人会
枝雀 50:08 枝雀落語ライブ
 貧乏な田舎者が宿屋の主人に大ボラを吹いて泊まることになる。売れ残りの富くじを買ってくれと主人に言われ、行きがかり上(じょう)なけなしの1分を支払うことに。「金はいらないから、当たったら半分くれてやる」と見栄を張って。一文無しになった男は宿代を踏み倒すつもりでいたが……。
 湯島天神(高津神社)の場面が笑わせる。「イチバ〜ン、子(ね)の千三百六十五番!」…………
 噺家で時間の違うのは、ほぼマクラの長さといってよい。
 寝床に潜り込んでいる田舎者の客に宿屋の主人が、
「お客さま、下で祝いの支度ができております。一杯おあがんなさい」と言うと、
「いいよォ、千両っぱかりで」
「そんなこと言わずに」
 ぱっと蒲団をめくると、客は草履をはいたまま。
 というように、オチはどの噺家も同じだ。
 志ん生と息子たちの馬生、志ん朝がやっていることをあらためて知った。この出し物に関しては、息子たちは親に負けていない。
 枝雀は、ぼくには寝床向きの噺家ではないが、この話、比較的静かで楽しく聞ける。文珍はもっといい、と思う。
朗読(15'33") on
<落語の話(1) 落語の話(3)>
Part1 1. 安眠剤 2. ぼくなりの楽しみ方
Part2 3. 好みの出し物、噺家 4. 聞き比べ 5. 宿屋の富
Part3 6. 寄席では味わえない 7. 志ん生と圓生
Part4 8. 「らくだ」を歌舞伎で見た
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