Part1 1. 安眠剤 2. ぼくなりの楽しみ方
Part2 3. 好みの出し物、噺家 4. 聞き比べ 5. 宿屋の富
Part3 6. 寄席では味わえない 7. 志ん生と圓生
Part4 8. 「らくだ」を歌舞伎で見た
落語の話 (その1)
 2008年6月、13日間にわたるエジプト・トルコの旅。
 その全貌は、長編紀行文とてこの「雑記帳」の第44話に「エジプト・トルコ2008」として載せてある。

 長い旅の合間、とくに往復の退屈な機内や現地での空き時間を利用してメモした。
 帰ってから見直すと、どうやら一つの話として成り立ちそうなので、その紀行文の中でなく、別にエッセイとして補足・修正し、ここに残すことにした。

1.安眠剤
 この旅も、クラシック音楽と落語を入れたiPodを携行した。アップル社製の80ギガバイト・ポケット型ハードディスクである。国内・海外を問わず旅行には欠かせない。
 家では生活必需品になっている。昼間は書斎でアンプに繋ぎ、戸外ではヘッドホンで、クラシック音楽を楽しむ。就寝の際は、枕元の小型スピーカーに接続して、主に落語を聴く。睡魔の訪れを待ちながら。
 胸ポケットに悠々入る小型にして、いかに大容量であるか。
 現在、80ギガバイトの3分の2にあたる52ギガを使用中。700時間分、つまり丸々29日分の憩いのひととき≠凝縮している。さらにまだ空き容量があるのだから驚きだ。
 数ヶ月前に160ギガバイトという二倍容量(実物の大きさは同じ)が発売された。80ギガに満足しながら、もう一方の触手が動いている。問題は値段…………

 愛用品の中身は、6割がクラシックで、残りを落語が占めている。ということは、落語の1話を30分とすれば、700時間x0.4/0.5時間で、ざっと560話が詰まっているということになる。一晩多くとも3話で闇に落ちるから、半年分以上の安眠剤である。
 どんな出し物が入っているか。それは次章で取り上げるとして、全ての落語が安眠剤というわけではない。
 怪談話や人情噺は、余計に目がさえてきそうで、寝床では概ね敬遠している。真景累ヶ淵、牡丹燈籠、お藤松五郎、ちきり伊勢屋……。圓生や彦六、最近では桂歌丸が得意とするところだが、志ん生も結構やっている。
 真面目すぎるのも安眠には不向きである。鰍沢、猫の忠信、士族のうなぎ、一人酒盛……。
 騒がしい噺家は一席目はいいとしても……、安眠が主題ということで。

 つまるところ、古今亭志ん生がいい。この師匠の落とし話で大概は安らかな眠りに落ちる。ときには桂文治、三遊亭円遊、春風亭柳橋をトリとしている。
 寝付きにいい出し物は?
 黄金餅、居残り左平次、稽古屋、源平盛衰記、五人廻し、三枚起請、鹿政談、寝床(とくに志ん生名演集20)、替わり目、親子酒、茶金(はてなの茶碗)、二番煎じ、文違い、淀五郎……
 独りよがりはこれくらいにしておく。やはり志ん生が多い。

 同じ出し物でも噺家によって、また演じた高座によって大いに違う。iPodの中から、桂文楽十八番(おはこ)の「寝床」一つ取っても、一席の長さがこんなにも違う。噺家によってマクラも内容も、オチまで、てんでバラバラ。

志ん生 28:36 NHK落語名人選
志ん生 23:57 志ん生落語集
志ん生 27:58 志ん生名演集
文楽 27:56 NHK落語名人選
可楽 22:43 NHK落語名人選
圓生 17:18 圓生名演集
金馬 19:50 金馬落語傑作集
金馬 27:32 金馬名演集
枝雀 43:41 枝雀落語ライブ
談志 34:26 談志ひとり会

 「志ん生名演集」での高座がぼくの安眠常備薬である。悠揚として、ゆとりの運びは、湯船で気ままに手足を伸ばしたくつろぎ感覚に誘っていく…………

2.ぼくなりの楽しみ方

 6時に晩酌で夕食がはじまる。湯上がりならまずはビール。あとは料理に合わせて、スコッチ・オンザロック、日本酒、焼酎のどちらかにする。ワインはほとんどたしなまない。
 7時半の「クローズアップ現代」を見るかどうかは番組内容と酔い加減による。
 テレビを見ないときは、自室でCDかLPのクラシック音楽、またはNHK-FM。
 そのうちとろんときて、寝室へ。寝床に横たわりながらiPodをスピーカーにつなぎ、一席目は適当に選ぶ。例えば小さんの「禁酒番屋」を選んだとしよう。この出し物は28:59で、「長屋の花見」(29:12)とカップリングされている。この二つが終わった頃、大抵は白河夜船のはずだ。さもないときは、前段で触れた志ん生の「寝床」などが第三席となる。
 どうしても寝られないときは? モーツアルトかショパンかシューベルトのピアノ曲に助けを借りることになるか。
 それでもダメな場合(これまで一、二度だけだが)は、潔(いさぎよ)く旗を降ろして、CD何枚組かに当たる志ん生の人情噺(塩原多助一代記、安中草三牢破り、後家安とその妹、心中時雨傘……)、圓生百席の怪談(牡丹燈籠、乳房榎、双蝶々、真景累ヶ淵……)に怖い思いをしながら夜明けを待つ…………

 乗り物の如何に拘わらず、何時間も座席に縛られるときは、長い噺の出番である(マイカーは昨年サヨナラした)。
 圓生百席の「真景累ヶ淵」は、全部で8時間にもなんなんとする長尺だ。いつぞや志賀高原へのバスツアーに参加したとき、往復をとおして世話になった。
 志ん生の「名人長二」も長い。五部に分かれて、2時間17分語る。例によってどの部も出だしは軽妙だが、怖いところ、身につまされるところはそのようにしっかり押さえていて、座席の退屈さをいつの間にか忘れさせている。これもどこかのバス旅行の友だった。

朗読(12'53") on
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