初日(7月1日) 旅館到着、北向観音
2日目(7月2日)-1 周辺社寺
2日目(7月2日)-2 常楽寺、安楽寺
3日目(7月3日) 上田城址
常楽寺 安楽寺
 近郊の社寺と無言館を見終えて、巡回バスで別所温泉駅前着3時過ぎ。夕刻まで2時間は間がある。
 駅近くの二寺見物は翌朝を考えていたが、前倒しすることにした。常楽寺と安楽寺だ。
 駅前バス停から15分歩いて常楽寺に着いた。
常楽寺

 このお寺は〝天台宗金剛山照明院常楽寺〟と言い、昨日参詣した北向観音の本坊である。開山は慈覚大師と伝えられ、本尊は妙観察智阿弥陀如来。
 案内板によると、

 京都南禅寺の開祖大明国司が正応5年(1292)に信濃の国塩田別所常楽寺で十不二門文心解を書き写した文献があり、古くから学問寺として名高く、創建当時より名僧高僧がここに錫をとどめている。
 いまの本堂は江戸中期の享保年間(1716ー36)に建立されたもので、別所三楽寺(常楽、安楽、長楽ー焼失ー)の一寺として多くの信仰ををあつめている。
本堂
御船の松
石造多宝塔と石造多層塔

 石造多宝塔について、

 安山岩・総高274㎝。昭和36年(1961)に重要文化財に指定された。
 銘文によると、
「天長2年(825)、火焔の中から北向観音がこの地に現れた。そこで木造の宝塔を建立したが、寿永年間(1182-84)に焼失した。弘長2年(1262)本塔を造立し、金銀泥で書かれた一切経一部を奉納した」。
 石造多宝塔で、重要文化財はここと滋賀県の小菩提寺の2基のみという。
 周囲の多層塔は、大正13年(1942)に地中に散乱した状態で発見されたそうな。鎌倉時代の作という。

常楽寺、その他の写真

安楽寺

 曹洞宗崇福山・安楽寺は、天長年間(824-834)に開かれたと伝えられるお寺で、鎌倉時代中期には北条氏の外護により、禅寺として栄え、多くの学僧を育ててきたという。
 北条氏滅亡(1333)後は、寺運も傾いて正確な資料は残っていないそうだが、国宝の八角三重塔をはじめ、多くの文化遺産を蔵する信州最古の禅寺。

八角三重塔 (国宝)
十六羅漢尊者
高野槙

 八角三重塔について

 この塔はどう見ても四重塔だ。が、昭和27年長野県最初の国宝として指定された折り、初重の屋根はひさしに相当する「裳階(もこし)」と見なされ、裳階付き八角三重塔として認定されたそうである。
 建築様式について、案内板によれば、

 「当時中国宋代の先進技術であった唐様(禅宗様)を用い、扇垂木・弓形連子・詰組など、和様の塔とは違った重厚な佇まいを見せている。八角塔は奈良・京都などに記録として残されているが、それらが失われた今日、わが国に残された唯一の八角塔であり、禅宗寺院に残る塔としても極めて貴重な遺構である」。

夏山に抱かれ八角三重塔
Emiko

安楽寺、その他の写真

初日(7月1日) 旅館到着、北向観音
2日目(7月2日)-1 周辺社寺
2日目(7月2日)-2 常楽寺、安楽寺
3日目(7月3日) 上田城址
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