「高野坂」(こうやざか、こやのざかとも言います)をご存知でしょうか。空海の高野山ではありません。南紀・新宮市にあり、三重県との県境近くです。
熊野古道が那智大社から、人気の"雲取越え"で本宮大社への山道ではなく、熊野灘に沿って新宮速玉大社に向かう途中で、三輪崎からの峠道です。
ツタが絡まる雑木林、ほの暗い竹林……、いにしえの面影を残しており、輝く熊野灘の景色も楽しめるという、贅沢なウォーキング・スポットです。
三輪崎から広角(ひろつの)までの山越えで、距離は4km弱。歩行時間はゆっくり歩きでも1時間半程度です。
(ここをクリックすると、大きな案内図が出ます)
どちらからでもどうぞですが、ここでは三輪崎側からの道を辿りましょう。
那智大社のあと、新宮行きのバスに乗り、“黒潮公園(新宮港)”で下車して上図のとおり歩くもよし、那智駅から汽車で三輪崎駅へ来て、直接高野坂・三輪崎口に向かうもよしです。いずれも案内標識に従い、東の山裾(すそ)を目当てに歩いていただければ、線路と「しわ(芝?)の川」を跨いで、石畳の登り口に至ります。
そこの案内板は、こう書いています。
……。広角(逆川)より御手洗(みたらい)の海辺の台地を越えるのがこの高野坂で、石仏や石畳、休憩所や展望台などがあり、三輪崎(塩屋川)に至る延長約1.5kmほどの短い区間ではあるが、往時の面影をよく残している。
また、このルートは、展望台より黒潮寄せる美しい海岸が望める景勝の地でもあり、海の神信仰や、それと結びついた徐福渡来伝承などが語られ、まさに黒潮ロマンの路といえる。 |
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ではこの道すがらの、お薦めスポットを紹介します。
- 入口すぐは石畳です。ほんの50mほどですが、古道に一歩印した気持ちにさせます。途端に小鳥のさえずりがにぎやかになりますから、不思議です。
- 前が開けて10分ほど行くと、「展望台」と書いた標識があります。それに従って右へ小道を歩き、ツタの絡まったドーム状のやぶを抜けると、太平洋に向かって視界が大きく広がります。そこは絶壁で、上に桧作りの高台があり、それが展望台です。絶壁の真下から熊野灘が拡がっています。
黒潮が荒波であるか凪いでいるかはときどきで違いますが、近くに遠くに島々を配した眺望は、他に類がないはずです。
とりわけ崖下の波涛から徐々に向こうに目を送り、正面の鈴島、孔島が視界の中央を占めるときの光景は、"天の配剤"とオーバーに表現したくなります。
- 金光稲荷神社
途中で奥まったところにある小さな祠です。変哲のない佇まいですが、森閑とした雰囲気は、"長居は無用"の気持ちにさせます。冷気ただようとまではいきませんが、度胸試しにごゆっくりどうぞ。
- 孫八地蔵
薄暗い坂道は、雑木林と竹林が交互に繰り返します。その間に、石のお地蔵さんがちょこんとあるのですが、見落とすかもしれません。孫八という名前がついていて、苔むした体に赤いよだれかけがぶら下がっています。地(じ)の人は行き来に、なにかと捧げものをしているようです。
- 御手洗板碑
そろそろ広角口に近づくと、前が開けて王子ヶ浜と熊野灘が一望に見渡せる、いわば踊り場に着きます。観光誌が当所きっての観光スポット≠ニ称する場所で、ここに御手洗板碑(いたひ)があります。板碑は六字名号(南無阿弥陀仏)が刻まれた2基の石塔です。
ここから見下ろす王子ヶ浜の景色は、熊野古道でも音≠ノ聞こえた名所、と云われるだけあるかもしれません。
確かに王子ヶ浜の白砂に打ち寄せる波の音は、サラサラと、妙に澄んで聞こえてきます。 ぼくは成人するまで地下(じげ)のものでしたので、それほどの感興はありませんが、初めて目の当たりにする方はどなたも感動されるようです。
ここを過ぎると下り坂になって、程なく高野坂・新宮側出口の「広角口」です。すぐ右にきのくに線≠フ単線線路があり、その向こうが王子ヶ浜で、熊野灘に臨んでいます。
ここから2kmほど海岸沿いを歩けば「浜王子社跡」へ行けます。古びてはいますが、ちょっとした神社です。1時間ほどゆとりのある方は、標識に沿って歩いてみてください。
それより、折角の新宮ですから、名所・旧跡を時間の許す限り巡ってはいかがでしょうか。私の推薦を数箇所あげておきます。
- 神倉山、神倉神社・・・熊野の火祭り(お燈祭り)で有名。
- 丹鶴城址・・・ここから熊野川の眺め、いいですよ。
- 熊野速玉大社・・・熊野三山。佐藤春夫記念館もあります。
- 浮島の森・・・文字通り浮島です。亜熱帯、温帯、亜寒帯の樹木、草花が共生しています。ここを詠んだものに、
浮島のやまもも熟れて落つるまま 作者不詳 |
ほんに浮島浮いてはいても根なし島とは言わしゃせぬ 野口雨情 |
高野坂を歩いて、名所旧跡を訪ねたあとは食事です。
ぼくが絶対の自信を持ってお薦めする新宮の料理は、
サンマ寿司 + きつねうどん + 親子どんぶり
胃袋とお腹の調子に合わせて、この順序でご賞味ください。順番に大きな意味があります。とくにサンマ寿司は新宮に限るのです。
小芝 繁
和歌山県新宮市三輪崎出身
千葉県浦安市在住
2002.06.09記
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