Part1
懇親会
Part2
二次会
 
 「みくまの会」は、1959年(昭和34年)、和歌山県立新宮高校第11期卒業生の集まりである。
 当時の通学者は、新宮市在住者のほかに、東はいまの那智勝浦町、西は三重県阿田和町、北はNHKテレビ・朝の連ドラ「ほんまもん」で有名になった本宮町までがほとんどで、それより以遠のものもいた。

 卒業後、同期会は断続的に行われていたようだが、ぼくは出席していない。
 数年前、だれかと会ったとき、
「きみの名前、名簿にないよ!」
 愕然とした。
 そう、20年近く前、卒業して25年ほど経った頃だ。脳梗塞を患(わずら)った。その頃、高校同期生から名簿大改訂の通知があり、随分前の住所のまま返事をし忘れたようだ。その後は当然音信不通になっていた。
 
 そして3年前の春だ。それこそ卒業後40年ぶりに同期の友がきに会うことになった。隅田川で、爛漫のお花見を屋形船で。関東地区の集いだったが、卒業40周年ということで、関西からも、新宮、三輪崎からも、大勢集まった。

光洋中学同級会(1999.04)
屋形船のあと、光洋中学同期と二次会 (1999.04)

 今回は『目白の椿山荘で行う』、とあった。3年前と同じ、関東地区の集まりである。それでも、関西から数名、三輪崎からN君が馳せ参じてくれた。

三輪崎から駆けつけてくれたN君
三輪崎から駆けつけてくれたN君
「今年もお燈祭り(新宮・神倉山の火祭り)に行ったよ。
”ほんまもん”のおかげで有名になったね」

 午後2時、”椿山荘・離れ家”で開会。
 しばし明治大学マンドリンクラブのコンサートに聞き入る。お得意の古賀メロディ、「千と千尋の神隠し」のテーマ、同期Fさんのバイオリンとの競演で「ほんまもん」のテーマ。 

明治大学マンドリンクラブ
Fさんと明大マンドリンとの競演
Fさんとマンドリンクラブの競演

 続いて全員起立、校歌斉唱。
 ぼくはいまも一番は暗唱できる。ときどき人気(ひとけ)のないところで歌う。ほのかな哀愁があり、心に染み入る。大学の校歌など、その比ではない。
 今日は、30数人の声が会場遥かとどろいた。みんなが酔った。
 いまBGMで奏でているのがそのメロディである。(ただし、残念ながらNetscapeでは音を出せない。ご容赦を乞う。)歌詞は「Part2」に掲載する。

新宮高校校歌斉唱

 一次会の本番は、椿山荘ご自慢”石焼き料理”の懇親会。
 先生お二人と名だたる男女数名が入れ替わりご挨拶。最初はご指名の恐怖が脳裡をかすめたが、状況からして《大丈夫!よかった!》と、「出番なし」を確信。石焼きの肉・エビ・野菜を、ひたすら昼食抜きの空胃袋に運ぶ。
 と、最後に、「ひと言どうぞ!」。松阪牛肉が一瞬食道で急停車した。
 何を喋(しゃべ)ったか覚えているはずはないが、こういうときは言わなくてもいいことが口を突いてしまうものである。
 「・・・カラオケ、楽しみ!」。 

懇親会風景 
新宮高校校歌斉唱
ぼくが「近く中国の紀行文を書くんだよ」と言ったら、
Kくん、「無責任に怪しいこと書くなよ。直してあげるけど」
新宮高校校歌斉唱
左前Uくん、お医者さん。??の不養生で本日無声。
紙+鉛筆で会話した。

向こう、Iくん。
「キミ、化学博士だろ?」、とぼく。
「い〜や、コミカル・ドクターだよ」
手前、Sさん。
「脳出血で倒れたわ。そのあと大腿骨骨折。
でも幸せよ。こうしてKoshibaくんに会えるんだもの」
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