箱根湯本駅からバスに乗り継いで、10時半、乙女峠入口着。金時山への登山口だ。
 ここは『富士見茶屋』といい、富士山の眺望で有名だが、今日はとても無理。粉雪が舞って、周囲の山林はまだらの雪景色である。
 重い雲がたれ込めて、富士山はおろか、遠くはなにも見えない。

富士見茶屋

 10時45分、乙女峠へ向かって出発。粉雪は目に見えて量もひとひらの大きさも増してきている。

雪の山道

 11時15分、乙女峠。
 11時45分、長尾山。

 本格的な雪になってしまった。眺望はまるできかない。それでもぼく自身は、こんな場面生まれて初めてだから、心ははしゃいでいる。
 林を抜けてときどき姿を現す景色は
《なにも富士山や連山が見えなくても》
 という気分にさせるほどの、
《今日は真冬に戻って幸せ!》
 とつぶやいてしまうほどの、白銀の世界である。

雪の山道

 いただけないのは泥んこ道だ。雪混じりでかき氷状の泥道は滑りやすい。どこを踏みしめても足場がゆるい。そしてこの勾配。
「ズルルッ」「ズルルッ」
 余計な神経と力を使わざるをえない。 

金時山頂上へ

 12時45分、金時山頂上(1,213m)。「山頂」の標識だけを確認した。
 大雪という表現は少しオーバーかもしれないが、北の出身者が
「かなりの雪ですね!」
 というほどの降りよう。
 そこの寒暖計は0℃、風がないだけ助かった。
 『金時娘茶屋』に入る。遅めの昼食だ。
 24人がバラバラに分かれてなんとか席を確保する。コンニャクのみそおでんをとって、持参のおにぎりをパクつくことにした。
 看板の『金時娘おばさん』は元気な声で切り盛りしていた。お歳は召しているはずだが、笑顔は若々しく、愛嬌たっぷりだった。 

下り

 13時40分、頂上を発つ。難しい泥道を一気に下る。
 15時30分、仙石原の山荘着。
 なんの事故も起きず、幸いだった。尻餅でべったり泥をつけた者も多い。もちろんぼくも何回か滑った。そのときに限って深雪部で、冷たいがお尻は清潔を保つことができた。
 ただし、膝から下は泥にまみれている。歩き方がへたくそなのだ。それは認めるとして、みんな変な泥除けをくっつけている。スパッツ≠ニいうのだそうだ。帰ったら早速買わなくっちゃ。 

 買うべきもの、もう3点。
@ ザックの雨よけ
「ぼくのザックにはついてないんですが?」
「……? 単品で売ってますよ」
A 軽アイゼン
 滑る雪道には欠かせないそうだ。爪は4つのでよい。
B ステッキ
 金時娘茶屋で杖を700円で求めた。今回の滑り道でこれがどれだけ助けになったことか。帰ったら本格的なのを買う。

 下着やなんかも。
 夜、山荘での話だが、
「あんたの下着、綿じゃない?」
「わからんですが、多分……。それが?」
「今日、寒くなかった?」
「……?」
「綿は汗を発散しないから、冬はダメなんだよ」
「??」
「悪いこといわないからさ。帰ったら山の店でダクロン#モ「なよ」
「ダクロン? 高いでしょ?」
「そりゃあ」
 山もなにかと金がかかりそうだ。

和橿山荘

 3時半、品ノ木の登山口着。
 さらに15分ほど歩くと、H金属仙石原和橿山荘(わきょうさんそう)。今夜の宿だ。

 広い芝生が一面雪で覆われている。噂に違わず、立派な洋風の大邸宅だ。玄関を入ると中も豪華。シャンデリア輝くロビー。マントルピースの薪は本物で、赤々と燃えている。
 6人部屋を4人ずつで割り振りし、まずは長〜いひと風呂を浴びてビールで乾杯。

 大広間の宴会は盛り上がった。
 日帰り組を除く16人はよく食べ、よく飲み、よく語らった。各自、苦難と喜び相半ばしている。ぼくも初体験を興奮しながらしゃべった。
 …………
 なにせ一日中大雪のこと。テレビも各地の交通事故や遭難を報道している。
「明日は適当に帰ろうや!」
 と決まったから、余計に気が楽になった。
 疲れと安堵と酔いが交じり合って、深夜のいびきは大合唱となった。

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