ぼくの手元に、大量の写真を収めたCDがあります。故郷の村祭を主体とした「ふる里三輪崎のいま昔」です。
 昨年(2014)9月に行われたふる里の例大祭の模様をフェイスブックで見て、懐かしさのあまりに感想を伝えたところ、「ご参考までに」と、関係者が送ってくれたものです。新宮市役所三輪崎支所にお勤めの羽山氏とご友人です。
 昨年の例大祭以外の写真でモノクロのは、半世紀をはるかに超えた以前、ぼくが生まれた頃まで(さかのぼ)るのがありそうです。

2014年の祭 何年前の祭?

 三輪崎と一括りでいわれる3地区(三輪崎、佐野、木ノ川)は、旧新宮町と昭和8年(1933)年10月1日に合併し、新宮市の一員になりました。
 その旧新宮町自体も、奈良時代の日本書紀に、熊野神邑(くまのかむのむら)として登場するという、古代よりの歴史ある町ですが、三輪崎の歴史も並みではありません。
 飛鳥時代から奈良時代を経て、平安時代初期に編まれたという日本最古の和歌集たる「万葉集」にその名が(こく)されているからです。三輪崎に関係あり、とぼくが承知するだけで七首ありますから相当なものです。

苦しくも ふりくる雨か神が崎(みわがさき)
 狹野のわたりに家もあらなくに
三輪が崎 夕汐させばむら千鳥
 佐野のわたりに声うつるなり
みわが崎 荒磯も見えずかかるてふ
 波よりまさる袖やうちなむ
神の崎 ありそも見えず浪たてぬ
 いづくゆゆかむよき道はなしに
さみだれは 佐野の入江に水こえて
 出でぬ尾花や浪のうきくさ
わすれずよ 松の葉ごしに浪かけて
 夜ふかく出でしさのの月かげ
やどもがな 佐野のわたりのさのみやは
 ぬれてもゆかむ春雨の頃
 三輪崎の年中行事で最大は、なんといっても9月15日に行われる八幡神社の例大祭です。
 三輪崎、佐野、木ノ川の3地区あげての村祭で、他の市町村からも大勢の見物客が詰めかけます。
 御輿(みこし)楽車(だんじり)、獅子舞と天狗の舞、そして鯨踊り。
 次の5つのリンクで、「村祭いま昔」を中心に、わがふる里三輪崎の今昔をご覧いただければ幸いです。
 羽山さん、ご友人のみなさん、ありがとう。 (2015年1月22日)
三輪崎の村祭 2014
あの頃の村祭
漁村三輪崎、あの頃
中葉の砂浜(はま)
三輪崎小学校、光洋中学校

 三輪崎(新宮市三輪崎区)は熊野古道の大辺路(おおへち)沿いで、太平洋の熊野灘に面しています。高野坂という小山を越えれば新宮市街です。
 その高野坂が熊野古道の名所の一つで、途中の展望台から眺める海景色は一見の価値があります。

 三輪崎は昔、捕鯨の村でもあったのです。
 熊野三山本宮大社への参詣道(石段の脇)に当時の捕鯨舟の模型が祀られていたとか、幼少時、ぼくの家の2階から鯨が沖で潮を吹いているのを見た覚えのあるとかは別として……。
インターネットのサイトより転載

 その往時を偲ばせる鯨踊りは、和歌山県の無形民俗文化財として、三輪崎郷土芸能保存会によって伝承されています。毎年八幡神社の例大祭に、大漁を祈って海岸の広場で披露されます。
 衣装を整えた若者たちが輪になって鯨を取り巻き、網でとる様子を踊りにした殿中(でんちゅう)踊り。筒を手に、鯨を突く様子を座ったまま上半身で踊る(あや)踊り。
 両方とも歌と笛・太鼓に調子を合わせてきらびやかです。この場面が例大祭の盛り上がり最高のときです。

殿中踊り

(ヨヨイエー)
突いたや三輪崎組はサ (ハア三輪崎組はサ)
  親もとりそえ 子もそえて
前のロクロへかがすを付けてサ (ハアかがすを付けてサ)
  大背美巻くよな ひまもない
組は栄える殿様組はサ (ハア殿様組はサ)
  旦那栄える いつまでも
竹になりたやお城の竹にサ (ハアお城の竹にサ)
  これは祝いの しるし竹
船は着いたや五ヶ所の浦にサ (ハア五ヶ所の浦にサ)
  いざや参らん 伊勢さまへ
  (ソリャ 一国二国三国一ジャー)

綾踊り

(ヨヨイエー)
今日は吉日きぬた打つ (アヨーイヨイ)
今日は吉日きぬた打つ
  お方出てみよ子もつれて (アーきぬた)
なんとさえたる枕やら (アヨーイヨイ)
なんとさえたる枕やら
  よいと夜中に目をさます (アーきぬた)
淀の川瀬の水車 (アヨーイヨイ)
淀の川瀬の水車
  誰を待つやらくるくると (アーきぬた)
沖の長須に背美を問えば (アヨーイヨイ)
沖の長須に背美を問えば
  背美は来る来る後へ来る (アーきぬた)

伊勢のようだで吹く笛は (アヨーイヨイ)
伊勢のようだで吹く笛は
  響き渡るぞ宮川へ (ヨヨイエー)

 半農半漁の村だった三輪崎も、鉄道・道路とも新宮市街との往復が便利になっているいま、サラリーマン家庭半分の町といえるでしょうか。
 それでも海と山に挟まれた猫の(ひたい)のような田園風景はウソをつきません。そして受け継がれている風習、伝統文化、食生活。
 今と昔をあんばいよく併せもつ海沿いの町三輪崎。ぼくのささやかな誇りです。

 なお、「伊勢に七度(ななたび)、熊野に三度(さんど)」と唱われる熊野三山ですが、速玉大社は新宮市街にあり、那智大社は新宮市の隣町にあたる那智勝浦町の那智山を上ったところです。本宮大社は、熊野川の上流のところにあります。

速玉大社
那智大社
本宮大社
 蛇足もいいとこですが、ぼくの父母の昔を自分用の記録として載せることにしました。お許しください。

朗読: 10' 37"

「ふる里三輪崎いま昔」 おわり

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