紀伊半島の南端に三輪崎という海岸沿いの一角、ご存知でしょうか。
和歌山県新宮市のはずれです。市の中心から一山越えたところにあります。隣りの佐野、木ノ川とはいまも昔も生活共同体をなしていますので、この3地区を便宜的に総称して、"三輪崎"と呼ぶことにします。
三輪崎は熊野灘と小高い山並みに囲まれた集落です。以前は半農半漁の町だったのですが、現在はサラリーマン家庭が増えているようです。ご多分にもれず、若者は少ないです。
南紀熊野といえば観光のメッカで、名所旧跡が目白押しです。例えば、
潮岬、串本海底公園、橋杭岩、鯨の太地、勝浦(温泉、紀の松島)、那智山(那智の滝、那智大社、青岸渡寺、熊野古道大門坂)、新宮(速玉大社、神倉山)、鬼ヶ城、本宮大社、川湯・湯の峯・渡良瀬温泉郷、……。
これらのいわば有名どころは他の方々にご紹介を譲るとして、私はそれらの狭間で置き去りの存在と言えなくもないふる里三輪崎の2ヶ所を、熊野のわが一押し名所として紹介したいです。ここでは「三輪崎の海岸」を、別項で「高野坂」を取り上げます。いずれも地味ながら、玄人受けする風景ですよ。
三輪崎の海岸は、熊野古道高野坂(こやのざか)・三輪崎口が東の起点です。ここから西へ佐野の松原まで、熊野灘に沿って、円弧状に展開しています。
朝、新宮の広角から熊野古道高野坂を1時間半のハイキング。これをスタートとすれば、下記の景色を見ながら、「佐野の松原」でバスか、「JR佐野駅」で汽車に乗れば、夕方には悠々勝浦の温泉に浸かれるという寸法になります。
1. 高野坂展望台の眺望
高野坂広角口を入って山道を1時間ほど歩くと、正面に三輪崎海岸が見えてきます。そこの標識「展望台」への道を少し行くと、眼下に荒海を見る絶壁の展望台に着きます。ここから「三輪崎の海」の眺めは絶景の部類に入ります。
独特の色合いといえるマリンブルーの熊野灘に、鈴島・孔島という二つの小島がぽっかりと浮かび、その向こうは宇久井(うぐい)半島がとうせんぼをした形になっています。真下は岸壁に砕け散る波涛が豪快で、スリル満点です。
高野坂の道中詳細は別項で取り上げます。
2. 八幡神社
八幡神社は三輪崎北部の小高い丘の上にあります。高野坂を出たところから10分くらいで鳥居に着きます。
神殿への石段はあまり整備されてなく、数百段ありますから、上り終えるまでに結構息が上がります。
観光スポットではないので、熊野の鄙(ひな)びた神社を味わうにはうってつけです。
境内から眺める三輪崎の海≠ェいい。子どもの頃は、ここで初日の出を拝んだものです。
余分ですが、ぼくはこの神社で結婚式を挙げました。(そのときの写真、恥をしのんで)
…………
八幡神社の大祭は9月15日。町中を挙げての誇り高い祭りで、近隣各地から大勢の見物客が詰めかけます。御輿・檀尻は痛快で、海岸砂浜での鯨踊りは祭り最大の見せ場となります。
3. 鈴島、孔島
漁港のまん前が鈴島と孔島です。鈴島は陸続きになっていますので、まずは鈴島へ。豆粒大の小島です。道なりに周囲を歩きましょう。5分とかかりません。が、島自体の佇まいも、島から眺める海や熊野の山々の景色もちょっとしたものです。
鈴島
鈴島から孔島へは橋(ケーソン)が渡されており、この橋から眺める沖合も優れた景観のひとつです。洗濯板の荒磯に打ち寄せる波は、ときに牙をむきます。向こうは太平洋・熊野灘の海原です。
孔島は浜木綿の名所です。その他天然記念物の草木が群生していますから、お好きな方はきっと長居したくなるでしょう。
孔島
鈴島から孔島を見る
4. 黒潮公園
三輪崎と佐野を跨いで黒潮公園があります。海岸に沿って長なりで、子供たちが遊んだり、お年寄りがくつろげるようになっています。
公園のもうひとつの楽しみは、園内散歩道に万葉集の歌碑がいくつもあることです。古く奈良時代に、三輪崎・佐野が万葉集で詠まれているのです。
なかで私の好きなのが、長忌寸奥麻呂(ながのいみきおきまろ)の歌です。
苦しくもふりくる雨か神の崎(三輪崎、みわがさき) 狭野(佐野)の渡りにいへもあらなくに
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後に藤原定家が新古今和歌集で、これを本歌として次の歌を詠んでいます。
駒とめて袖うちはらふかげもなし 佐野のわたりの雪の夕暮れ
二つの歌を取り上げて、斎藤茂吉が次のように書いています。
「(定家の歌は)それだけ感情が通常だともいえるが、奥麻呂は実地に旅行しているので、これだけの歌を作りえた。
定家の空想的模倣歌などと比較すべき性質のものではない。」 (万葉秀歌)
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5. 佐野の松原
黒潮公園の先は佐野地区です。海岸沿いの国道42号は車の往来が頻繁で、昔ながらの松原の面影は感じられませんが、この辺も熊野灘の眺めは優れています。とくに西側、勝浦寄りのリアス式海岸は、見ごたえがあります。
ついでにと言っては何ですが、ここまで来たからには、熊野古道「佐野王子」に参拝しましょう。といっても道端にちょこんとあるだけですので、見落とすかもしれませんね。
お薦めはとりあえずここまでとします。
新宮を出発点として、歩行距離は10`程度、5時間の散策です。
後はバスか汽車で勝浦へ急いでください。温泉と海の幸が待っています。
バスなら、道沿いに停留所「佐野の松原」があり、1時間に2、3回の頻度でバスが来ます。勝浦までは30分もかかりません。
汽車なら、少し歩くと「JR佐野駅」があります。勝浦まで15分ほどですが、1時間に1本あるなしですので。
〔三輪崎の海岸〕 おわり
2002.09.14
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