高校同期の有志でもみじ狩の旅をした。1泊2日(2003.10.21-22)、尾瀬沼の草もみじと奥只見湖の紅葉である。
 大阪からの4人を含め16人。この大世帯を新潟の山男I君が丸まる2日間マイクロバスで案内してくれた。I君は、昨年の今ごろぼくを苗場山に連れてくれた友である(山歩き第47話「苗場山」)

 初日の10月21日(火)は草もみじの尾瀬沼湿原散策。
 東京発7時12分の上越新幹線MAX305号は、上野と大宮でも何人かをピックアップして、総勢を越後湯沢駅に届ける。駅前にI君が出迎えて、彼の「苗場カントリーロッヂ」マイクロバスに乗せる。
 天気予報はよくない。曇のち雨。それでもI 君、
「今日の尾瀬は大丈夫だよ。明日はダメのようだがね」
 仰せのとおりで、『これより先、車両制限』の御池(みいけ)に着くと、晴れ間がほの見えた(11時半)。
 公営バスに乗り換えて沼山峠へ。

沼山峠(尾瀬沼入口) 沼山峠は尾瀬への福島県側入口である。ぼくは数年前尾瀬の高峰"燧ケ岳"に登ったとき、群馬県側の大清水から入った。あのときは夜行バスで行って4時過ぎ到着。苦難の山行だった(山歩き第20話「尾瀬燧ケ岳」)
 山道入口広場は広い。I君に従って少し準備体操をしてから、山歩き開始(12時過ぎ)。
 心配した寒さはない。各自防寒具はバスに残し、軽めの出で立ちだ(雨具は念のため携帯する)。

 沼山峠から尾瀬沼までの山道は木道である。よく整備されていて危険はない。登りと下りが半々のなだらかな傾斜だ。
「大丈夫かしら」出発前山道の厳しさを心配する声もあったが、案ずることはなかった。

尾瀬湿原木道 1時間ほど歩くと湿原に出た。厚い雲はすでに去り、さわやかな空に草もみじが映えている。
 黄葉。広大な草原が一面「黄」の世界である。晩秋の尾瀬独特の景色に抱かれて木道を伝うことしばし、尾瀬沼を見下ろす長蔵小屋に着く(1時半)。
 
 沼は沈黙している。薄雲なびく秋の空が、実景に劣らず水面に映えている。周囲の草木も息を潜めている。人気の尾瀬は、水芭蕉やニッコウキスゲだけではない。湿原と高山植物だけでもない。静寂の世界もあるのだ。

 遅めの昼食は山菜うどんをいただいた。空腹ではあれ、美味だった。
 小屋の中はストーブ。やかんが沸騰している。尾瀬はもう冬なのか。

 御池(みいけ)発3時半のバスに合わせて2時過ぎ尾瀬沼をあとにする。
 帰路1時間の木道は雨に見舞われた。といっても軽い驟(しゅう)雨だ。用意の傘を広げたり、色模様のレインコートを羽織ったり……、足元にさえ気をつければ風情も味わえる。
 さわやかな秋空に迎えられた往路といい、小雨に息づく樹林の復路といい、尾瀬はそれぞれに豊かな感慨をもたらせたようだ。

 御池でI君のマイクロバスに乗り換えて、折立温泉「ゆのたに荘」へ。新潟県北魚沼郡湯之谷村である。6時半着。
 ゆのたに荘は3階建、モダンで大きなホテルだ。200人は収容可能とか。宴会場も3つあって、一番大きいのが"駒ケ岳"。浴場は趣向を凝らした2つの露天風呂付。
 早速露天風呂で疲れを癒し、夕食の懇親会は"駒ケ岳"にて。
 ぼくは忙しくなる。司会を引き受けていたからだ。

 案内名人I君は開会あいさつにあたり、作詞:北原白秋・作曲:シューベルトと、だじゃれまじりで「みくまの会の歌」を披露。もちろん自作自演だが、歌詞といい曲といい、朗々たるバリトンといい、衝撃のハプニングだった。歌詞のメモを所望したが、彼は拒否。残念!
 9時半に中締め。盛り上がった座は、「二次会は"あのね"で」の提案で収めた。
 慣れぬ司会役で、何を食したか記憶は定かでない。地(じ)の山菜料理が盛りだくさんだったらしい、"またたび"のなんだとか……。ビール数杯と熱燗は覚えている。
 二次会はぼくも騒いだ。リラックスも手伝って、得意の「狂った果実」を熱唱した。

 午前様近くでお開きにすると、「風呂に入らないか」。I君が小声で目配せする。
 高血圧を気にしながら、仲間5、6人でぬる燗の露天風呂に浸かること1時間以上。
 1時半過ぎて、やっと5人部屋の床に就く。先様の豪快な子守唄合唱に聴き入っているうちに闇に落ちた。

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