よく水を飲んだ。途中で冷たい湧水を水筒一杯に補給したが、それも山頂で一気に飲み干した。
 その山頂 (1,363m)に立って遠くを見やる。彼方は霞がかかって期待した富士山は見えない。が、
 西方面は雲取山、酉谷山、鷹ノ巣山。
 東から南にかけては奥多摩の山並み。
 墨絵がかって、さしずめ深山幽谷か。午後2時の眺望である。

山風景

 写真を数枚撮っているうちに怪しげな黒雲が……。見る間に東の山に重い雲の絨毯が被さった。その辺りで閃光が走る。しばらくして「ゴロゴロ……」。また閃光。しばらくして「ゴロゴロゴロ……」。光も音もだんだん増幅している。

雷鳴、黒雲

 まだ対岸の火事、と思った数分後に、「ポツリ!」。”対岸”の雷鳴と黒雲はどんどん近づいてきている。
 長居は無用だ。急きょ下山せざるを得なくなった。

 30分ほどは滑りやすい急坂である。悪いことに、うっそうたる木々に覆われた路は急に暗くなった。度の低いサングラスを外しても殆ど変わらない。
 事実、足元を確かめながらでないと下りられなくなった。ペースを半分くらいに落とす。
「大丈夫ですか? 気をつけて!」
 声をかけあう。ゆっくりゆっくり歩を進める。

暗い!

 そのうち稲光が際だって明るくなってきた。雷鳴もすぐそこに来た。「ゴロゴロ……」ではなく、ゴロゴロゴロ、ドガチャッカーン!
 遠くの大太鼓ではなく、耳先でドラムを目一杯叩きつける、そんな表現もここでは弱い。恐怖!
 雨は陽光も入らないような深い杉木立を突っ切って容赦なく衣服もザックもびしょ濡れにしてしまう。

「稲光と雷の間がまだ2秒程度だし、杉木立が高いから、心配ないですよ!」
 前方でリーダーの声。
 幾分ホッとした。みんなも少しは胸をなで下ろしたようだ。しかしこの不安な状態が30分以上も続いたか。
 やがて雷鳴が遠のくにつれて足元もはっきりしてき、雨も小降りになってき、陽光まで差してきた。山の天気が元に戻ってきたようだ。
 蒸し暑さを向こうへやって、代わりに涼風を連れてきてくれた。途中の湧水でノドを潤し、安堵の深呼吸をした。

雨上がり

「お漏らしがわからなくなりましたね」
 なるほど、全部びしょびしょの濡れよう。その方が気分的にも物理的にも爽やかになった。CCRの『雨を見たかい』を口ずさみたくなった。

I won't know
Have you ever seen the rain

 砂利道はかえって歩きやすい。と思う間に雨はきれいにあがってしまった。
 山頂から2時間ほどで大根ノ山ノ神まで下りると、つい先ほどまでの荒天がウソのような快晴そのものである。
 鳩ノ巣側登山口まで最後の下りを30分。その間ずっと、"Have you ever seen the rain"の歌詞、メロディがともに状況にマッチして、30年前のPenn State留学当時が胸に浮かんだ。MarkやNickといった遊び友だちとともに。

 5時少し前、鳩ノ巣駅着。
 駅前の食堂で着替えさせてもらった。店の計らいで、外の丸テーブルを囲んで腰を掛ける。向こうの山々は、荒天などすっかり忘れて緑がいかにも瑞々しい。正面の川苔山がとくにいい。『お疲れさま!』と微笑んでいる。そよ風が肌をやさしくなでる。
《もう夕方なのだ》
 生ビールと自家製のヨモギコンニャク。スカッとした喉ごしと草の香り。
 疲れもどこへやら、さわやかな気分に浸った。

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 …………
 蛇足だが、『雨を見たかい』を番外に加える。  

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〔雨を見たかい〕
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健脚向
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山の天気
番外
雨を見たかい
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