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夏目漱石の四季別秀句 (其の2) 81句 |
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其の1 |
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青春の章、朱夏の章 |
其の2 |
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白秋の章、玄冬の章 |
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漱石俳句を愉しむ(半藤一利) |
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白秋の章 |
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落ちて来て露になるげな天の川 |
枕辺や星別れんとする晨(あした) |
行けど萩行けど薄の原広し |
草山に馬放ちけり秋の空 |
雪隠(せつちん)の窓から見るや秋の山 |
朝寒み白木の宮に詣でけり |
朝寒や雲消えていく少しづつ |
梁上(りょうじょう)の君子と語る夜寒かな |
馬に二人霧を出でたり鈴の音 |
朝懸(あさがけ)や霧の中より越後勢 |
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秋の日のつれなく見えし別かな |
空に一片秋の雲行く見る一人 |
明月や丸きは僧の影法師 |
月に行く漱石妻を忘れたり |
決闘や町を離れて星月夜 |
温泉(ゆ)の町や踊ると見えてさんざめく |
相撲取の屈託顔や午(ひる)の雨 |
本名は頓(とん)とわからず草の花 |
先生の疎髯(そぜん)を吹くや秋の風 |
秋はふみ吾に天下の志(こころざし) |
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逢ふ恋の打たでやみけり小夜砧(さよぎぬた) |
薬掘(くすりほり)昔不老の願ひあり |
ものいはぬ案山子に鳥の近寄らず |
竿になれ鉤になれ此処へおろせ雁 |
胡児(こじ)驕って(おご)つて驚きやすし雁の声 |
時くれば燕もやがて帰るなり |
秋の蚊と夢油断ばしし給ふな |
蟷螂の(とうろう)のさりとては又推参(すいさん)な |
白壁や北に向かひて桐一葉 |
落ち延びて只一騎なり萩の原 |
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憂ひあらば此酒に酔へ菊の主 |
黄菊白菊酒中の天地貧ならず |
去(さ)候是は名もなき菊作り |
御立ちやるか御立ちやれ新酒菊の花 |
蛤とならざるをいたみ菊の露 |
朝貌(あさがお)や咲いた許りの命哉 |
柳散りて長安は秋の都かな |
柳散り柳散りつつ細る恋 |
就中(なかんずく)うましと思ふ柿と栗 |
澁柿やあかの他人であるからは |
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累々と徳狐(こ)ならずの蜜柑哉 |
温泉(ゆ)の山や蜜柑の山の南側 |
長けれど何の糸瓜(へちま)とさがりけり |
行秋(ゆくあき)を踏張て居る仁王哉 |
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玄冬の章 |
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女の子発句を習ふ小春哉 |
弁慶に五条の月の寒さ哉 |
大将は五枚しころの寒さかな |
凩(こがらし)や真赤になって仁王尊 |
凩や海に夕日を吹き落す |
三十六峰我も我もと時雨けり |
号外の鈴ふり立てる時雨哉 |
謡ふべき程は時雨つ羅生門 |
時雨るるは平家につらし五家荘(ごかのしょう) |
緑竹の猗々(いい)たり霏々(ひひ)と雪が降る |
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降る雪よ今宵ばかりは積れかし |
吉良殿のうたれぬ江戸は雪の中 |
払へども払へどもわが袖の雪 |
源蔵の徳利をかくす吹雪哉 |
冬籠り黄表紙あるは赤表紙 |
冬籠(ふゆごもり)弟は無口にて候 |
老聃のうとき耳ほる火燵(こたつ)かな |
梁山泊毛脛(けずね)の多き榾火(ほだび)かな |
禅寺や丹田(たんでん)からき納豆汁 |
乾鮭(からざけ)と竝ぶや壁の棕梠箒(しゅろぼうき) |
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あんかうや孕(はら)み女の吊るし斬り |
古往今来切つて血の出ぬ海鼠(なまこ)かな |
安々と海鼠の如き子を生めり |
河豚汁(ふぐじる)や死んだ夢見る夜もあり |
水仙白く古道(こどう)顔色を照らしけり |
水仙の花鼻かぜの枕元 |
白旗の源氏や木曽の冬木立 |
半鐘と並んで高き冬木立 |
行く年や猫うづくまる膝の上 |
旅にして申訳なく暮るる年 |
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温泉や水滑(なめら)かに去年(こぞ)の垢(あか) |
屑買(くずかい)に此(この)髭売らん大晦日(おおみそか) |
煩悩は百八減つて今朝の春 |
光琳の屏風に咲くや福寿草 |
臣老いぬ白髪を染めて君が春 |
招かれて隣に更(ふ)けし歌留多(かるた)哉 |
春待つや云へらく無事は是(これ)貴人 |
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其の1 |
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青春の章、朱夏の章 |
其の2 |
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白秋の章、玄冬の章 |
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………………………… |
「漱石俳句を愉しむ」所々 |
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「……明治30年頃の先生の句は一体に脂がのっていて特に所謂レトリックに重きを置いて作られたものの様に思う。丁度その頃私が初めて先生のお宅を尋ねた時に、色々俳句というものの説明を聞いた。その話の中に、俳句というものはレトリックの煎じ詰めたものだという様な忌みの事を云われた。そのときの話と思い合わせてなおさら私にはそう思われる」(寺田寅彦、「漱石俳句研究」岩波書店) |
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「俳句はレトリックの煎じ詰めたものである」「花が散って雪のようだといったような常套な描写を月並みという」「秋風や白木の弓につる張らんといったような句は佳いくである」「いくらやっても俳句の出来ない性質の人があるし始めからうまい人もある」(漱石の言、寺田寅彦のエッセイ「夏目漱石先生の追憶」) |
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「俳句に禅味あり。西詩に耶蘇味(やそみ)あり。故に俳句は淡泊なり。洒落なり。時に出世間的なり。西詩は濃厚なり。何処迄も人情を離れず」(夏目漱石、「不言之言」、俳誌「ホトトギス) |
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「鑑賞するほうが夢みる力を大いに働かせれば、漱石俳句に駄句は少なく、結構どれもこれも楽しめるし刺激的である。もっとでっかくでて、のちの漱石文学は、とくに初期の作品は諧謔的な笑いを古里にしている、とみれば、松山・熊本時代の俳句がその故地ということになろう。それくらい愉快である。こんなにほめたんでは、漱石先生は苦笑されるかもしれないが……」(半藤一利氏、本書) |
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其の1 |
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青春の章、朱夏の章 |
其の2 |
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白秋の章、玄冬の章 |
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