落語に「らくだ」という奇妙な名前の出し物がある。
 無頼で長屋きっての嫌われ者がふぐ中毒で死ぬ。本名を馬、あだ名が「らくだ」。
 そいつの相棒がまた凄い奴で、行きがかり上、「らくだ」を弔うことになる。そこへたまたま来あわせてしまった屑屋が災難。
 面白い一席だ。

 生前の「らくだ」にさんざっぱら苛(さいな)められた屑屋と、これまたさんざんひどい仕打ちをうけた長屋連中や大家さんとの掛け合いが楽しい。
 「らくだ」の死体を相棒が見つけるところから話が始まり、「らくだ」は当然くたばっているからせりふナシ、というのも変わっている。
 噺の中に「かんかんのう」とか「願人坊主」といった古い言葉が出てきて、これが重要な舞台回しをしているから、笑いながら為にもなる。

 八代目可楽、五代目志ん生、桂米朝,初代春団治、その他多くの噺家が何度も録音を残しているようだ。もともとは上方落語というが、そう言われればそんな気がしてくる。
 10数分で切り上げているのもあり、50分近く熱演してるのもある。火屋まで行くのもあったり、くず屋が酔っぱらってとぐろを巻くところで切り上げるのもあり……。
 
 中でもこれは可楽の十八番(おはこ)のようだ。ぼくが聴いた彼のカセットだけでも5種類あることからも想像できる。
 可楽の声は地味だが飽きがこない。そして「らくだ」を演じる可楽はどのカセットも格別であり、生きている。

 芸能、芸術、スポーツ、……何によらず、われわれの仕事にいたるまで、自信を持ってやれるようになると、自然心にゆとりが出る。ゆとりは優越感を醸し、優越感はさらに向上心をあおる。そして次第に他を寄せ付けないところへ行く……。
 うらやましい限りだ。 

小話集第1話「らくだ」 おわり
1992.06

朗読(03:06) on
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