ラスベガス・カジノツアー 1975
 1週間ほど前に長編エッセイを書き上げた(2012.03.17)。「ぼくの大同時代、そして」で、雑記帳第67話とした。
 何年も前から構想だけが先走っていた。20代から50代。その間の思い出を寄せ集めて時系列にまとめ……、これをどのように一つの流れとするか。ああでもないこうでもないの果てがあの作品で、われながら中途半端は否めない。消化不良のまま筆を置いたのだった。

 書いていて、どの箇所にも話がスムーズにつながらず、やむなくボツとしたエピソードが幾つかある。
 書き終えたいま、そのまま捨て去るのは惜しいと判断したのが次の二つだ。「ラスベガス・カジノツアー」の一件と、50代の思い出といえる「ピーチャン」だ。両方とも一本立てで小話集に加えることにした。
 まずはこの一件から。ぼくとしてはウソのような、まれなる美味しい話だ。
 …………

 アルバムに挟んであったホテルのゲストカードは「Expiration Date 1/6/75」とあるから、1975年の正月だったのだろう。もはや35年以上も前になる。


 大同特殊鋼に勤めていて、東京支社の鋳鋼販売部にいた。米国ニューヨークの現地法人DSA(ダイドー・スチール・アメリカ)に出向する数年前だ。
 秋深まったある日、鋼材販売の課長T氏が珍しくお茶に誘った。彼は築地工場で一緒だったし、前の年まで鋳鋼販売にいたから知らない仲ではない。次長一歩手前の個性豊かな人物で、仕事の辣腕(らつわん)とサラリーマン的でない言動がなにかと取り沙汰の対象になっていた。ゴルフの腕前は大学時代につちかったキャリアの延長で、その半プロの実力に大同社内で太刀打ちできる者はいない。
 少し歩いてから、なじみでない喫茶店に入る。心なし周囲をはばかっているようだ。
 コーヒーで互いの仕事の話をやりとりしたあと、彼は本題に入るそぶりになる。
 1ヶ月後に1週間の正月休みを控えて、「君は何かやることになってるの?」と、まずは探りを入れてきた。「別に取り立てて考えてはないんですが」と、ぼくは素直に答える。故郷新宮に母を訪ねて父の墓詣りでもするか、妻の里の長野県望月界隈で親戚巡りと観光でもするか、まだ妻とは何も話しあっていない。
 ぼくの反応に気をよくした風で、彼はやや身を乗り出す。表情も締まってきた。
「特別な用がなければ、アメリカへ一緒してほしいのだが」

 彼の取引先である千葉県市原市の問屋が「ラスベガス・カジノツアー招待券」を2枚くれたとか。ラスベガスのヒルトンホテルに5泊して、心ゆくまでカジノを楽しんでほしいという企画である。正月休みを丸々活かすことになる。
 航空運賃・ホテル代・館内有名レストランでの夕食・ディナーショー、全て込みなのだ。昼間はホテル付設のゴルフコースを気ままに利用できる、という特典も。
 ただしチェックインと同時に、ホテル内カジノで使用するチップを各自百万円分購入しなければならない。余ったチップは帰国日に精算できるから心配ないと、T氏は確信を示す。
 T氏は「君の百万円はオレが立て替えるから」と、上げ膳据え膳のオファーをした。なぜ? ぼくの留学経験や、日頃仕事でも輸出に(たずさ)わっていることを承知していたからだ。
 ぼくがゴルフが好きであることを知っているから、彼はゴルフコースを強調する。
 「ネバダ砂漠のど真ん中でゴルフ三昧とは、面白いだろ。雨の心配はないから、毎日ラウンドしようや。バクチはほどほどにして、さ。夜はディナーショーが楽しめそうだし。」
 さらに彼はもう一つ甘い話を付け加える。行きがけにロサンゼルス近くの有名ゴルフ場でワンラウンドしたいということ。その名もペブルビーチ=Bモントレー半島に位置するPebble Beach Golf Linksのことだ。ぼくも名前だけはうすうす知っていた。
 「彼らに予約させるから」、すでに問屋と話しあっているようだ。

 数日返事を待ってもらうことにしたが、こんな話ざらにあるはずはないし、ぼくにとっては一生ものだろう。答えは決まっている。もったいを付けただけだった。2日して彼のオファーを再確認し、応諾した。
 妻にはどのように話して了解を得たのだろうか。こちらが余分な心配をするほどではなかったのかもしれない。亭主は元気で留守がよい!

 ロサンジェルス直行便に乗り、空港でムスタングをレンタカーしてダウンタウンへ。夜はゴルフ場に近い道沿いのモーテルを予約してある。
 T氏はクラブをしょってきたが、ぼくは手ぶら。まずはぼくがクラブを買わなければ話がはじまらない。予め日本人経営の店を調べていた。
 Okadayaという小ぶりのデパートはすぐに見つかった。ゴルフ用具はそろっている。ぼくは予定どおりLinxのコーナーへ。納得のフルセットを手に入れた。ついでに夜用のアルコールを2人で物色する。

 翌早朝、やはりここも冬、東京なら中秋の快晴下、ムスタングを操って一路南へ。
 Pebble Beach Golf Linksは、なるほどモントレー半島の湾岸をそのままゴルフ場にしている。T氏はあこがれていたらしく、気合いの入れようは並みでない。念入りに試打ちし、練習グリーンでパターの感触を確かめる。ぼくはぶっつけ本番派。
 新調のクラブと勝手が違う難コースに苦労するぼくをよそに、彼はパーでうなずき、ボギーで渋い顔をする。海ポチャはぼくだけだ。
 後半すぐのショートホールで、彼に思わぬ災難が待ち受けていた。グリーンは海水で隔てた180ヤード向こうにちょこんとあり、ぼくたち2人はグリーンに乗せて後続3人のティーショットを見守ることにした。
 その一人が打った球がグリーン手前の舗装路にワンバウンドして大きく勢いをつけ、T氏の肩を直撃して()ね、海に落ちた。T氏はうずくまる。万事休すか。ぼくは思わず駆け寄る。……幸い大事に至らなかったが、そのところが赤くふくれているし、彼は痛みをこらえているようだ。
 後続が申し訳なさそうにグリーン横のぼくたちに近づいた。T氏は憤懣やるかたない。相手をにらみつけるが英語がしゃべれない。ぼくの通訳はどこまで彼の怒りを伝えられたか。T氏の不満顔がつのる。
 彼らは保険に任せようとし、ぼくたちはこのあと先を急いでいる。T氏は渋々許すことにした。相手がT氏の名前を控えてその場は別れた。
 彼らを先に行かせたあと、T氏は続けるという。執念たるや大したものだ。スコアもほどほどにメイクし、終わってみれば、ぼくの100たたきに対して、彼は80を1つ2つ上回っただけだった。
 シャワーを浴びてチェックアウトしようとすると、「○○様からです」と、フロント係がPebble Beachのゴルフボール2ダースを差し出してきた。T氏のご機嫌は直った。
 ムスタングをぼくが運転して高速道を快適にラスベガスへ。夕方には着いた。 

 ラスベガス・ヒルトンは豪華ホテルだった。ホテル自体が一大歓楽街でもある。カジノ、ショー舞台付大宴会場、レストラン街、ショッピングモール……。隣接してゴルフ場がある。Las Vegas Country Clubだ。この地はネバダ砂漠のど真ん中だから、当然ゴルフ場は人工である。まさしく常識を超えた驚くべき傑作といえる。
 しかもプロの競技に供されもする本格コース! 不毛の砂漠をかくも改造して……。アメリカの一面を見せつけられた。
 ここで5日間、毎日ワンハーフラウンドに興じた。まっさらのLinxをあれこれ納得行くまで試しながら。

 グリーンは普段のコースと変わらないベント。海ポチャはないが、バンカーは砂漠の砂、これは普段と違う。T氏は何とか切り抜けていたが、ぼくは手に負えず苦労した。
 連日当然ながら快晴。が真冬のこと。ゴルファーはまばらで、ぼくたちが借り切った気がしないでもない。贅沢だが最後はあきた。

 夜のディナーショーは何だったか。アン・マーグレット(Ann Margret)が出演していたことと、近くの席に当時ぼくが好きだった女優キャンディス・バーゲンがいたことは覚えている。


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 鉄板料理の「ベニハナ」にも入った。他の客ともども、見事な包丁さばきに感嘆しながら料理に舌鼓する。全ての費用が込みになっていたから、それこそ親方日の丸というか社用族というか、夢見心地の日々だった。
 合間をぬってカジノをほっつき歩く。その豪華絢爛の光景たるや、まさに映画の世界だ。ただただ目を見張りながら、ぼくたちはスロットマシンを少々。
 フォーチュン・ホイール(Fortune Wheel)というゲームには何度も挑戦した。ルーレットを壁に立てかけた感じで、ダイスを放り投げて運試しをする。そんなゲームだったが、面白いのはこれに賭けるチップは1ドル銀貨のみ。当時1ドル銀貨は珍しかった。アイゼンハワー大統領の似顔絵が片面に彫られているところから、アイク・コイン(Ike Coin)と、大統領のニックネームで呼んでいた。帰りに数枚仕入れて、妻のネックレスにと持ち帰った。

 百万円のデポジットは? 幸い1万円に満たない出費で、ほぼ全額を再両替できた。T氏には自分で出費した分を補填して返したのだった。帰りの飛行機で、ツアー仲間の有名俳優ご夫婦と話した。彼らは数百万円()ったと、他人事のように言い放った。

 当時の機内の飲食は今と違い、アルコールは有料。但しぼくたちのツアーはこれも込みで、飲み放題だった。
 貧乏人根性は争えない。帰国の気軽さも手伝って、ぼくはウィスキーのミニ・ポケット瓶を何度もお代わりする。しばらくして猛烈な酔いに襲われた。トイレを占領して吐き続ける。気絶するほどの頭痛。
 あれほどの哀れな二日酔いは思い出さない。身の程をわきまえない旅の当然の報いだったのだろう。

「ラスベガス・カジノツアー1975」 おわり
朗読(17:39) on
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