「ぼくの大同時代、そして」というエッセイを書いていて、うまくつながらない幾つかのエピソードを割愛した。
 そのうち2つは、このまま捨て去りたくない。少し体裁を整えて、小話集に掲載することにした。「ラスベガス・カジノツアー」は第48話としてアップしてある。
 もう一つがぼくの50代に付きあってくれたセキセイインコのことだ。10年前に私小説として書き、雑記帳に第7話「ピーチャン」として載せた。それを承知で今回のエッセイにも登場させようとしたが、異種混入の感がして外してしまった。
 50代の思い入れとして、小話集に加える。
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 大同特殊鋼を中途退社してあてのない起業をしたのが48歳の1988年11月だった。それから50代にわたる12年間の顛末は、雑記帳第67話とした前述エッセイの第12章「今まで」に書いた。
 50歳になり、体がまだ万全とはいかず、目指した人生再起も挫折一歩手前の頃、ピーチャンと名付けたオスのセキセイインコが家族の一員となった。大学生の長女が生まれたてを友人からもらってきたのだ。それからほどほどに暮らしてゆけるようになるまでの約8年間、ぼくたち夫婦を励まし続けてくれた。
 ぼくの50代の側面をピーチャンの鳥生で伝えたい。

 …………
 彼(ピーチャン)の左足はくるぶししかなく、右足は足首から()えている。それでも止まり木に止まれるようになり、8年間の寿命を生き抜いた。
 左足は妻が夕食支度中の出来事だった。
 某年冬、妻はいつもの通りベランダの窓を閉めてピーチャンをカゴから出した。喜んで居間を飛び回っている。居間とアコーデオン・カーテンで仕切られた片隅の台所では鍋の中でカキフライがほどよく揚がっているようだ。
 妻が電話か何かでつかの間離れたすきに、ピーチャンは台所へ羽ばたいた。すぐに鍋の煮立った油へ一目散。慌てて妻が引っ張り上げたが時すでに遅し。幸いけがは左足だけですんだ。
 右足損傷はぼくの責任だ。夜のひととき、ピーチャンをカゴから出して、ぼくはビールを飲みながらヤクルト・巨人戦をテレビ観戦していた。テーブルには乾いたカワハギの干物。ぼくとピーチャンの好物である。
 ぼくはテレビに興奮して椅子をずらす。ピーチャンは椅子の下でぼくが行儀悪くこぼしたカワハギをついばんでいる。そしてまた椅子をずらしたとき、下の絨毯(じゅうたん)が悲鳴を上げた。ピーチャンがぐったりしている。右足がひしゃげて足首がぶらんぶらん。
 近くの獣医に駆けつけると、「殺処分した方が本人のためですね」、つれない宣言をされた。
 妻の強い願いで麻酔剤やらの応急処置ですませ、いましばらく様子を見ることにした。
 数日は意識不明なのかどうか、つぶつぶ≠フ食事はそのままだった。
 両足を失ったと同然だから、二度と止まり木に戻れるはずがない。止まり木があっての鳥だ。獣医の言うとおり、この機能を失ったら生かしておくのはかわいそうなのだ。
 意識を回復し、つぶつぶを少しはついばんでから、彼のチャレンジがはじまる。薄明かりの居間のカゴからぼくの寝室まで、ドスンドスンの音が夜中も聞こえる。昼間も暇さえあれば哀れなドスンドスンを繰り返している。そして何日が過ぎたのだろう。奇跡が起こった。
 時々ドスンと落ちるが、止まり木がピーチャンの寝床に復帰した。
 よく見ると、カキフライの油で指を失った左足のくるぶしが体を支えられるほどにうまく変形しており、右足は付け根のところでバランスさせている。これでよく寝られるものだと感心ひとしおである。
 左半身、とくに左足にハンデを抱えるぼくが励まされる番になった。東京江東区東陽町の事務所近くにあるYMCAで水泳をはじめ、昼休みや勤務後にウォーキングを欠かさなくなったのはそれからだ。
 天気の良い日は、妻がマンション11階の自宅ベランダに鳥カゴを置いてピーチャンを遊ばせている。
 いつぞやのこと、鳥カゴの窓を閉め忘れていた。洗濯物を干していて、バタバタっという羽根の音にびっくりして振り返るとピーチャンは勢いよく飛び立っていた、という。あわてて妻は下に降り、中庭やそこら中を探し回ったが見つからない。
 行方不明の1週間、ぼくたち夫婦は暗く沈んだ。一縷(いちる)の望みで妻がタウン誌の伝言欄に投稿していたら、両足ハンデの特徴が幸いしたか、マンションから少し離れた一軒家の方が電話をくれた。

 暑い日が続いた真夏のある日、ぼくは、羽毛にくるまれたピーチャンがかわいそうになって、手で持って羽根を広げ、水道水を念入りにかけてあげたことがある。形相を変えた妻に叱られながら扇風機で乾かし、生き返らせることができた。

 ぼくたち夫婦も時には口げんかをする。なかなか仲直りのタイミングが見つからず、気まずい時間だけが過ぎていく。そんなとき、最後の(とりで)がピーチャンだ。鳥カゴのピーチャンと向き合ってしばらくすると、どちらからともなく顔がほころぶ。

 いつまでも一人ではかわいそうだと、恋人を見つけてあげた。
 「メスのパコちゃんを買って同じ鳥カゴに入れた。もちろんピーチャンの喜びようったら。新婚ほやほやのむつまじい生活がはじまる。しかしピーチャンの足が災いしてどうしてもパコちゃんに乗っかれず、ぼくたちの願いをよそに夫婦の営みはかなわなかった」。

 そのパコちゃんに先立たれ、その後のピーチャンは寂しそうだった。1年も経たずピーチャンもとうとう旅立った。
 ピーチャンはしゃべくりの天才だった。いろいろな言葉を覚え、楽しませてくれた。小説の最後をピーチャンはこう結んでいる。

 生まれてまもなく、この家に連れてこられた。しばらくの間、ヨシコさんが流動食で育ててくれた。左足はカキフライの鍋に消え、右足はイスの下敷きでなえたまま。洗面所で水洗いされて息が止まったときもあった。大空を飛んで迷子にもなった。パコチャンと幸せな生活もできた。毎日毎晩、ぼくを見ると主人の顔がほころんだ。奥様のご機嫌もすぐに直った。
「ピーチャンは夫婦のカスガイですね」奥様のつぶやきはもう口癖になっている。
 覚えたヒトの言葉を大声で叫んであげたい。残念だがもう声が出そうにない。
〈ピーチャン、オハヨー〉<イイコダヨ>
〈パコチャン、ダイスキダヨ〉〈オトーサン、ダイスキ〉〈オカーサン、ダイスキ〉
 いい鳥生だった。この上何か望むことがあるのだろうか?
 奥様はもちろんだが、主人はきっと泣く。奥様よりももっともっと泣くだろう。ぼくにとってつらいことだが、うれしい。
 だから今夜は、
〈ピーチャン、イッテキマース〉
「ピーチャンとぼくの50代」 おわり
朗読(12:21) on
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