CaplanのT社長に会う。港区北青山の同社オフィスにて。(2003.10.28)

 T社長とは大学同期で、1・2年は同じクラスだった。彼は経済学部で、ぼくは社会学部。3年から学問的には道が分かれた。もっともぼくは学業にまじめでなかったから、麻雀友だち以外は記憶が薄い。彼とは、3ヶ月前に邂逅(かいこう)するまで、互いに「顔は知っている」くらいの間柄だった。

 その日、千代田区如水会館14Fのラウンジで同期10人ほどの会合があり、彼とは40年ぶりの出会いとなる。
 名刺交換して、あとはみんなで楽しく語らいあった。特別に彼と私語はしないまま。
 数日後彼からメール。
「中高年の元気!、拝見したよ。なかなかやるじゃない。盛りだくさんなので、ざっと見ただけだが、面白いね。一つ、開いたとたんBGMの音量には驚いたよ。内緒で見ようとしたのだが、おかげで社員にバレちゃった」

 このメールが「中高年の元気!」大改造のヒントになった。たしかにBGMを聴くかどうかは読者諸賢の選択にすべきだ。お好みによって鳴ったり鳴らなかったり、中止したりできるようにすればよい。早速作業にとりかかる。
 この際と、トップページを新装、内部もかなりいじくることにした。
 内緒仕事の「CD-R版」(朗読付)にも当然適用する。T君のヒントが、ぼくにとって"瓢箪(ひょうたん)から駒"になった。

 「CD-R版」完成の目鼻がついた1週間前、「会いに行っていいかね」
 多忙の彼に恐縮しつつ打診したところ、彼、「いいとも。早いほうがいいね」電話の低音は温かい歓迎である。
 で今日になった。

 11時半から昼食をはさんで2時間余り、話がはずんだ。
 彼は大手商社常務(人事担当)を経て、現在Caplanという大世帯600人の長である。
 強靭・ダイナミックにして、花も実もある一軍の将。修羅場の激務を微塵も感じさせず、愉快な語らいだった。
 業界・経営の話、母校と部活動の話(彼は4年間を通じて弓道部で活躍)、生き方・社会貢献の話。

 ぼくは無為の学生生活だったが、彼は違う。学業はもちろん(かどうかは不明だが)、弓道一筋。この話になると、心地よい彼の低音に自然力が入る。
「頭の後ろが見えなければ有段者といえない」
 彼はいう。弓"道"なるゆえんである。
 小笠原流の母校は、彼の頃4部リーグで2部。強いほうだった。今はリーグが10部に増えて、その4部。頑張っている。
 寄付集めに奔走のくだりになると、先輩のありがたさを強く思い出したようだ。感動の逸話をいくつか披瀝してくれた。
 ぼくの雑記帳「母校の話」に顔を出す前日銀総裁・速水優(まさる)先輩も弓道部出身とか。要職を引かれたいま、同部の集い「梓会」には出席される由。

 「中高年の元気!(朗読付)」CD-Rを持参した。これを見せ、無理やり聴かせるのが本日本来の目的であった。ノートパソコン、スピーカー……、バッグから七つ道具を取り出して披露に及ぶ。
 彼はほめ上手だ。心底感心した顔をしてくれる。じっと見入り、聴き入って、うなずく。ぼくは例の悪い癖が出て時間を忘れる。おおよその概要でよせばいいものを、「狂った果実」独唱のくだりまで、つき合わせてしまった。
 終えると1時。昼食に出かける前のツーショットが上の写真だ(左がT君)。ご覧のとおり、年輪の深さが違う。

 昼食は、彼の思惑もあったようだが、「そばかうどん」を所望した。胃の具合による。
 食べながら、LAN関係の人材について訊いた。彼は快く引き受けてくれた。
 朝からの冷たい雨がまだ降り続いている。近い再会を約して彼はオフィスへ。ぼくは地下鉄外苑前に向かった。

小話集第23話「青山に友を訪ねて」 おわり

朗読(05:21) on
 

持参のCD-R
 

【参考】

何処ともなく
(昭和12年)
on
    
作詞  富山克己
作曲  竹崎 徹
(一)   いづこともなく漂泊(さすらい)の
  流転の世路にめざめては
心の糧(かて)を求めんと
  真理の光慕ひつつ
君よ知らずや人の世の
  実(まこと)の男(お)の子集ひし所
(二) 朝露揺れて地に落ちぬ
  涯(きわみ)も知らぬ桜霞(はながすみ)
久遠の秘密抱きたる
  武蔵野々辺の朝ぼらけ
君よ歌ふ今の世の
  光華(ひかり)溢るる悦(よろこ)びの時
 
(三) 映ゆる虚空とめぐる鳶
  青葉そよげる夏木立
夢まどろなる若人の
  朴歯(ほおば)の音も高らかに
君よ聞かずや人の世の
  汲めど尽きせぬ希望(のぞみ)の証
 
(四)
(五)
(六)
 割愛
 
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