乗鞍岳・畳平
乗鞍スカイラインは、日光のいろは坂より急でもっとくねっている。バスは狭い坂道を対向車を際どく交わしながらあえぎ上って、一気に2,740mの乗鞍岳・畳平に着いた。
標高が上がるにつれて、杉・桧の森林が雑木林に、遂にはハイマツと高山植物だけの世界にと、景色の模様替えが目を楽しませてくれた。
2年前、この畳平から300m上の剣ヶ峰に登った(山歩き第39話・乗鞍岳・剣ヶ峰)から、傍(そば)の鶴ヶ池も向こうの剣ヶ峰も見覚えがある。あのときと時期は違うが、天気は快晴で同じ。が秋の空は変わりやすい。
今回は周辺の魔王園地までの散策にとどまった。
下界の「天高く馬肥ゆる」とは別世界である。気温8度。視界良好と思いきや、霧が見る間に押し寄せる。気まぐれな山の天気の中で、剣ヶ峰の雄姿を撮れたのはラッキーだった。

奥飛騨温泉郷新平湯温泉
宿泊先への途中、丹生川コスモス園に立ち寄る。
コスモスはこれからなのか、いまいち。ただし園手前の屋台に並んだ秋の味覚は旬……トーモロコシ、りんご、ナシ、洋ナシ。トーモロコシがおいしかった。
16:00、奥飛騨温泉郷新平湯温泉・白樺荘着。予定より1時間早かった。
温泉でゆっくりくつろぐ。露天風呂から眺める空はくっきり晴れわたって、今日一日の爽(さわ)やかな余韻を残し、明日の天気も保証している。
テレビは大相撲秋場所11日目打ち止め近くだ。貴乃花の勝ちを見て、夕食会場へ。
前宣伝は松茸付き・奥飛騨山家料理だが、松茸は? 料理は文句なし。地酒の熱燗もよかった。
「お待たせ! 少し遅れちゃったよ」
乾杯すんで、料理に箸をつけかけたとき、I君がウルトラマン・スタイルで現れた。平然としているが、いままさに3000m級の山から下りてきたのだ。
カラオケ・スナックへ場所を変える。6人組の先客が盛り上がっている。遠慮している場合ではない。飲み物の注文もそこそこに、各自曲を申し込む。
先客6人は他の旅行社のツアー仲間という。すぐにうち溶け合って、歌合戦になった。カラオケにあわせてダンスも。
はしゃいでいる間に9時半を過ぎてしまっている。ぼくたちはここで切り上げることにした。彼らは名残惜しそうに店の外まで見送ってくれた。
宿の部屋割りは2人ずつとした。ぼくはI君とだ。夜の語らいを楽しみにした。
彼とは7月和歌山県人会で会っている。それまでは高校同期というだけで、見知らぬ仲だった。
部屋に入ると10時。
「ぼくは寝巻きは苦手なんだよ」
異なことをいいつつ、彼はバッグからパジャマを取り出す。
「風呂、まだなんだろ?」とぼく。
「そうだったね」
山男の1泊は、風呂に無縁のようだ。
「入ってこいよ。いい湯だよ」
「じゃあ行って来るか。先にやっててくれよ」
といって彼は、いつの間に調達したのか、缶ビールを差し出す。
…………
「いい湯だった」
パジャマ姿で胡坐(あぐら)し、缶ビールをグイと飲む。話の花がパッと咲く。
2人とも時間も歳も忘れた。青春に帰って、話題はとめどなく広がる。彼は、ロマンチストのぼくがうらやむロマンチストだ。
山の話、鄙(ひな)びた温泉の話、現在の苗場ロッジ経営のいきさつ……。彼の話は雄大で夢に満ちている。話題はなんでもよかった。二人とも話の宇宙を遊泳した。
いつしか2時前。
「朝早く発つんだろ?」
「6時だけど……いいんだよ」
無理やり欠伸するふりをして、やっと彼をなだめた。
…………
6時のモーニングコールで、二人とも目覚めた。
「じゃあね」
静かに言いおいて、彼は去る。
「涸沢から北穂高へ向かって、仲間と合流することになっているんだ」
彼の何気ないせりふをぼくは聞き流した。
奥飛騨展望台
2日目午前中は、ぼくたち11人を含むツアーの有志20人ほどで奥飛騨連山のパノラマを楽しんだ。
バスで8時に宿を出発して小一時間。パノラマ展望台の「マウントビュー千石」は、新穂高温泉駅を始点とする壮大なロープウエイの先にあった。
理想の秋晴れというのか、雲ひとつない。
「こんなすごい天気、初めてです!」
添乗員はしきりに強調する。納得。天気がよくても、どこどこまでも見とおせる条件はざらにはないのだから。この好条件も午後には一変するそうだ。
新穂高ロープウエイは、1970年に開通した。
新穂高温泉駅(1117m)から途中の鍋平高原駅(1305m)までの第1ロープウエイと、そこから徒歩2分のしらかば平駅(1308m)から終点西穂高駅(2156m)までの第2ロープウエイの2系統からなる。
「第1」は、標高差188mを4分で昇る。「第2」は、標高差848mを毎秒7m、7分で昇ってしまう。つまりトータル10数分でぼくたちを標高差1000mも上に運んでしまうのだ。
第2ロープウエイの2階建てゴンドラは、急角度を高速で進む。上からのゴンドラとのすれ違いはスリルがある。秒速を超えたスピード感だ。近くで遠くで次々と変化する眺望に目を見張った。ガイドの説明によると、こんな山々が前後左右に見えたようだ。
奥穂高岳(3190m)、ジャンダルム(3163m)、西穂高岳(2909m)、涸沢岳(3103m)、北穂高岳(3106m)、蒲田富士(2742m)、南岳(3033m)、中岳(3084m)、大喰岳(3101m)、槍ヶ岳(3180m)、笠ヶ岳(2898m)、ロッククライミングで有名な錫杖岳(2168m)、加賀の白山(2702m)、そして乗鞍岳の一部。
後方左に焼岳(2455m)、いまも活火山だ。上高地の大正池は、大正4年、この山の大爆発で作られた。
頂上の展望台「マウントビュー千石」は標高2156mにある。高尾山より3倍高い。大勢の見物客が広い高台にひしめいている。みんなこの時刻の尊さを知っているのだ。
9時台で空は澄み渡っている。わずかに淡い綿帽子がたなびいているだけ。喧騒の展望台をよそに、奥飛騨の時間は止まっているのだ。
さっきゴンドラでガイドの説明にあった山々が360度のパノラマで展開している。真正面でちょこんととんがった山が槍ヶ岳。ぼくでもピンポイントできる。そこから右のほうに大喰岳、中岳、南岳なのだろう。そして北穂高、涸沢……?!
朝、部屋を出しなにI君が確かこういっていた。
「涸沢から北穂高へ向かって、仲間と合流することになっているんだ」
彼はいまあの山を登っている!
《Ishibashiく〜ん!》
心で声援をおくった。
自然はいまのこの眺望を再現することがあろうか。完璧とはこれをいうのだろう。一方、微動だにしない見晴るかす景観の向こうで、目まぐるしく舞台が回っている。昼になると靄(もや)がかかってこの景色はない……そんなこと、だれが想像できようか。
「10月中旬になると全山紅葉です。すごいですよ!」
奥飛騨礼讃の弁だが、いまこれ以上をだれも望んでいないのだ。野暮なコメントに聞こえた。

霧ヶ峰散策
山歩きに夢中だった1年前まで、霧ヶ峰(車山)山行が何回も俎上に乗った。花の百名山で、ハイキング向きという。それなりに勢い込んでいた頃だから、いわばチャレンジングな山に優先されて、行かずじまいだった。
今回の旅程に霧ヶ峰が入っているが、まさか頂上までは……。そのとおりで、遊歩道散策に終わった。
といってしまえば実も蓋もない。約1時間、N、U両君とじっくり歩いて回った。
天気晴朗、そよ風が頬を撫でて、いかにも仲秋。遠くは南アルプス連山だろう。わずかに雪渓が残っている。焼岳が大きく見える。
やはり高山植物の宝庫だ。幸い両君とも花心がある。彼らに質問を浴びせたり、草木の表札に肯いたり、心が和んだ。
帰途
帰りがけ、山梨ぶどう園に立ち寄って、巨峰狩りを楽しんだ。
「ぶどうの食べ方は房の下から蔓(つる)のほうへだよ」
K君のアドバイスに従った。なるほど、おいしいところを最後に食べることになるから後味がいい、ということだ。
巨峰のみやげはパスした。代わりに乾しぶどう4袋、1000円也。これ、ヨーグルトに入れると美味。明朝から食卓に乗る。
丸2日間、ニュースと無縁だった。北朝鮮拉致事件のその後は? 次元は違うが「さくら」。NHKの朝ドラで、ぼくは毎朝7時半から衛星放送で見ている。留守中の2日分は怠りなくビデオ予約してきた。
夜はニュースと「さくら」の撮りだめが楽しみである。

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