「季節の中の芭蕉」講習会に出席している。先週開始で、今日が2回目。7月中旬までの5回コースだ。
 講師は立正大学助教授・宮脇真彦先生。芭蕉記念館(東京都江東区常盤1-6-3)の定例講座である。
 妻が2人分応募したら、2人とも当選。50人募集に対し、2倍近くの難関だったというから、ラッキーだ。
 妻は俳句好きで、ぼくは芭蕉フリーク。といってもぼくのほうは善(よ)がっているだけで、芭蕉の生き方、物の見方、考え方のほうは調べたこともないから、初回から随分ためになっている。
 
 エピソードの紹介がいい。例えば……
 「去来抄」に、こんなのがあるそうな。以下はぼくの拙訳です。意が伝わりますように。
  岩鼻やここにもひとり月の客  去来

 芭蕉先生が京都に来られたとき、私(去来)は自分の作った上の句について、こう尋ねました。
「洒堂さんはこの句の終わり5文字を、"月の猿"にすべきだ、と言い張っています。私は"猿"より"客"のほうがいいと思うのですが、どうでしょうか?」
 これに対して先生、
「"猿"とは何だね! きみはこの句をどんな思いで作ったのか」
 私は答えて、
「名月に引き寄せられて山を歩いていますと、はるか向うにそそり出た岩の端のところに、ひとりの風流な人かなにかを見かけたような気がしました。その句なのですが……」
 芭蕉先生、
「”ここにもひとり月の客”は、”きみ”でなければいけないのだ! きみが岩端(はな)にいて、はじめてこの句は風流めいてくるんだよ。この句は、自分を詠んだものでなければだめなんだよ!」
 宮脇先生の名講義に酔っているうちに、今日も1時間半は過ぎてしまった。

2002.06.06
 


 
 7月4日、芭蕉庵の庭園にて。第4回「月」を読む≠終えて、宮脇先生と。


名月の花かと見えて綿畠
    松尾芭蕉、元禄7年
 
 その日の講義で、「私はこの句が好きです」と先生。ぼくも好きになるだろう。

小話集第11話「芭蕉記念館にて」 おわり
2002.07.04

朗読(03:39) on
 
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