政府がIT普及の一環として、2001年にインパク(インターネット博覧会)を開催し、「中高年の元気!」も展示されました。
 期間中、各種意見を求められ、それに応えた一つです。

 『ツナガッテイル』に関連して、幾つか記してみます。

 ”ツナガッテイル”。普段は気にかけていないことかもしれませんね。
 そして、”風が吹けば桶屋が儲かる”式でいけば、何でもツナガッテイルようですね。しかし、それが断たれたときは…………
 堺屋太一氏の小説「油断!」を思い出しました。
 日本のエネルギーの大半が依存している中東からの石油が断たれたら! 日本がもろくも沈没する様(さま)が描かれていました。

 私の『中高年の元気!』は、それなりに元気≠ネ生き方をつづっているのですが、テーマは今日の喜び、明日への希望≠ナす。
 いま、4つのツナガリを思い浮かべました。

1. 幼年から青年時代を経て、シニアへのツナガリ
2. 昨日の続きであると同時に、明日へのスタート台である「いま」
3. 自然との関わり
4. 落語と、川柳・俳句との関係

1. 幼年、青年時代、シニアのツナガリ

 「子供叱るな、来た道じゃもの。年寄笑うな、行く道じゃもの」。どこかで聞いた耳の痛い言葉です。
 いまも、自分なりに”志”を抱いています。ただ、青年時代のそれは時間・空間ともにエンドレスでした。シニアのいまは、”志”に順序をつけ、タイムリミットを課しています。節目節目のハードルが低いせいか、達成率はイチローの打率に対抗できるほどで、ストレスも適度にあります。
 いつまでも”志”に生き、輝いていたいものです。

2. 明日へのスタート台である、「いま」

 「いま」を明日へのスタート台と考えれば、老いも若きもありません。違いがあるとすれば、年齢的なものではなく、明日に向かってどんな意志をもっているか、それぞれの経験という財産をどれだけ活用するか、つまり意欲の問題と考えています。
 私は、過去を振り返ることも大好きです。甘い思い出(少ないですが)よりも挫折の時をよく反芻(はんすう)します。どのように克服したか、が支えになっています。
 古き自分を温(たず)ねることは、己の限界やら取り柄やら、いろいろない交ぜにして、明日への道しるべになってくれます。思い出は私の財産です。

3. 自然との関わり

 脳梗塞で弱くなった左半身のリハビリを兼ねて、3年前に山歩きをはじめました。
 東京近郊の山々を月1、2回歩いているのですが、それは自分なりのスポーツであると同時に、かつて味わったことのない感動をもたらしてくれました。
 大自然の壮大な営みのなかで、どの山もあるがままを精一杯謳歌している。そして花鳥草木の生きざま。
 『霧しぐれ富士を見ぬ日ぞおもしろき』 (芭蕉)
 まさに晴れてよし、降ってよし。歩くごとに感動を得ています。

4. 落語と俳句と川柳と

 落語に親しむまで、俳句・川柳・都々逸、等に特別の興味はもっていませんでした。
 最近は、毎晩寝ながら落語を聴くのが日課になっています。落語は私の安眠剤です。
 落語の”枕”は、それ自体が噺家の持ち味をあらわし、ときに”サゲ”の伏線にもなって、興味が尽きません。その”枕”に、よく俳句や、川柳・狂歌・都々逸が顔を出します。

  • 世の中は三日見ぬ間の桜かな
  • 裏を見せ表を見せて散る紅葉
  • 酒のない国に行きたい二日酔い、また三日目に帰りたくなる
  • ごめんごめんと芋食い過ぎし京の月
  • 鶏も追い詰められて五尺飛び
  •  …………

 落語のおかげで、私の興味の幅が広がりました。
 いま、歌舞伎や能の世界にも広がれば、と期しているところです。
 …………

 『中高年の元気!』は、こうした自分とのいろいろなツナガリの記録です。そのときどきの感動と喜びの発露です。それらはきっと、明日への希望にツナガルと信じています。 

小話集第8話〔ツナガッテイル〕 おわり
2001.06.21

朗読(07:09) on
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